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思想動員論
しそうどういんろん
作品ID55349
著者戸坂 潤
文字遣い新字新仮名
底本 「戸坂潤全集 第五巻」 勁草書房
1967(昭和42)年2月15日
初出「日本評論」日本評論社、1937(昭和12)年9月号
入力者矢野正人
校正者Juki
公開 / 更新2012-11-02 / 2014-09-16
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 準戦時体制、或いは寧ろ戦時的体制の下に、事実上今日各部面の動員が行なわれている。軍事的動員を中心として、経済的、財政的動員、政治的動員、社会的動員、等々が行なわれつつある。戦時的体制や準戦体制というよりも、寧ろ動員体制と呼んだ方が適当であるかも知れない。北支事変が、準戦時体制乃至戦時体制をばこの動員体制にまで推進させたことは云うまでもない。かくて言論界に於ても動員令が下されたと見ることが出来る。独り言論動員ばかりでなく、一般に思想動員、文化動員が行なわれ始めたと見ねばならぬ現状である。
 この思想動員、文化動員、又言論動員は、夫がなる程一種の動員と見られる限り、何と云っても臨時体制という性質を免れないように見える。動員体制とはつまり戦時体制の極致であるわけだから、今日の日本の事実に於ける戦時体制が、半永久的なものでなければならぬという要求から、臨時的に見える戦時体制という言葉の代りに、ワザワザ準戦時体制という言葉で呼ばれているのかも知れぬ。それはとに角、動員体制と云う限り、半永久的な安定状態を指すには不適当だ。勿論今日の日本の準戦時体制・戦時体制・動員体制・は半永久的なものでなければならぬと、この体制の主張者達は考えているのが事実だが、又他面の事実として、半永久的に動員体制にあるなどということは、何と強弁しようと、社会の不健康を意味する他あるまい。一般に動員とは、何と云っても一時的な現象を指さねばならぬ約束である。
 思想動員・文化動員・言論動員も一見この点では変りがない。だがもし一旦、実際に思想動員が実行されたとするなら(之は後に見るようにそう決して容易に実行され得るものではないのだが)、その動員の状態は恐らく、何よりも確実に半永久的な物として効果を止めざるを得ないのが事実だろう。撤兵によって軍事的動員の一部分が解消すべきであるように、又議会が自由討論の意思を恢復することによって政治的動員の一部分が解消され得るように、そういう具合には思想動員は解除になることが出来ない。思想というのはただの観念ではなくて傾向的組織をもった観念のことだが、そういう思想なるものの動員は、一旦実行されたが最後、そう容易に動員解消にはなり得ない。いや動員解消になっても、動員によって発育した限りの思想自体は殆んど解消にはならぬ。ばかりではない、その思想はその後も或る程度まで動員された方向に向かって依然として益々組織的発育を遂げて行くだろう。その点思想動員が産業動員や交通動員などと異る処だ。
 このように、思想動員が一旦実施された暁は、いつまでも体系的な執着力を持っているという関係は、之をその裏から云えば、思想動員などというものはそう簡単に実現出来るものではないということをも告げているわけである。無論思想動員を行なおうという試みや企ては常に実在する。だがそれの成功的な実現は、そう容易…

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