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ひよりげた
ひよりげた |
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作品ID | 55356 |
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著者 | 新美 南吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「校定 新美南吉全集第四巻」 大日本図書 1980(昭和55)年9月30日 |
入力者 | 愛知大学文学部図書館情報学 時実ゼミ 青空文庫班 |
校正者 | 富田倫生 |
公開 / 更新 | 2012-11-20 / 2016-02-02 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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あめが はれました。ジョウフクインの うらの やぶの なかに、やぶっかが わんわん なきました。月が でると ぬれた たけの はが ひかりました。
ジョウフクインの うらの やぶの なかに たぬきが すんで いました。このあいだ うまれて まだ おちちに ばっかり くっついて いる こどもの たぬきと いっしょに、えにしだの 木の ねもとの あなの なかに すんで いました。
おかあさんだぬきは こんや こどもの たぬきに、ばける ことを おしえようと おもって、あなの そとへ でて きました。えにしだの はなが、さっきの あめで おとされて そのへんに ちらかって いるのが、月あかりで みえました。
「さあ ぼうや、もう おちちから はなれなさいよ。」
こどもの たぬきは それでも おちちを すって いました。
「さあ さあ。」
おかあさんが、こどもの たぬきの おなかに 手を かけて、はなさせようと しても、こどもの たぬきの 口は おちちに ついて いました。
「いいかい ぼうや。」
「なあに。」
「ぼうや、なんに ばけたい。」
「お月さんに ばけたいの。そして おそらから みて いたいの。」
「ぼうや、おばかさんね。お月さんなんかには ばけられませんよ。」
ぼうやの たぬきは こまったような かおを しました。
「いや いや、お月さんで なけりゃ、いや。」
おかあさんだぬきは ぼうやの たぬきを だきあげて、
「こわいんだよ お月さんは。お月さんに ばけたりするとね、ほんとうの お月さんが おこって ばちを あてるのよ。それではね、かあちゃんが いま おもしろいものに ばけて あげるから まって おいでよ。」
おかあさんだぬきは、こどもの たぬきを したに、おろしました。
「さあ ぼうや。おめめを つむって いなさいよ。かあちゃんが もう いいよって いうまで。」
ぼうやの たぬきは、いわれたとおり、目を とじたけれど、りょう手で しっかり かあちゃんの 手を とらまえて いました。
「ぼうや、だめよ。かあちゃんの 手を はなさなくっては。」
「だって、かあちゃん いなくなるもの。」
「かあちゃん どこへも いかないから だいじょうぶだよ。そして、すぐに ばけてみせるから。」
「でも――」
「さあ、もう いっぺん おめめを とじて、ぼうや、とう かぞえなさい。とう かぞえたら 目を あけても いいよ。」
おかあさんだぬきは、ぼうやが とう かぞえられないのを、ちゃんと しって いました。けれど ぼうやが 目を とじたまま、がってん がってんを したので すばやく ばけようと しました。
「ひとつ、ふたつ、みっつ、ななつ、とう。」
ぼうやの たぬきは、もう 目を あいて しまいました。おかあさんだぬきは、まだ すっかり ばけて い…