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二人の病人
ふたりのびょうにん
作品ID55361
著者徳田 秋声
文字遣い新字旧仮名
底本 「徳田秋聲全集 第15巻」 八木書店
1999(平成11)年3月18日
初出「不同調 第三巻第一号」1926(大正15)年7月1日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2021-12-23 / 2021-11-27
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 昨夜も散歩の帰りに、好子は子供のことで少しばかり融に訴へるところがあつた。訴へるといつても、それは愚痴とか不満とかいふやうな種類のものでは決してなかつた。たゞ融の亡妻の遺した丸子と、好子自身の子の百合子とに対する彼女の平等な母性愛を基調として、一方が少しでも余計に幸福になつたり、一方が少しでも不幸を感じたりすることのないやうにと、いつも細かく神経をつかつてゐる彼女が、子供のどつちかゞ遠慮して硬くなつたり、怯気づいて萎縮したりするやうな場合に、幸福と感謝に浸つてゐる心に、何うかすると暗い影が差してくるのでつひ融に訴へずにはゐられないのであつた。
 好子はどんな場合にも、朗らかな正しい眼で二人を見てゐた。可けないことがあれば丸子でも叱らないとは限らなかつたし、百合子のことも表裏なく言ふべきことは言つて聞かせるのに躊躇しなかつた。
「どうも百合子が少し増長していけない。」好子は時々それを気にしたが、丸子は兎に角として、丸子の多勢の兄弟たちのなかにゐるときの百合子が、余り好くしたとはいへない継母の手元で習慣づけられた、硬くなつて自分の殻に閉ぢこもるやうな癖を、動もすると出すので、それが気にかゝつてならなかつた。
 しかし又丸子が好子の愛情を、自分一人のものゝやうにしたがるのは可いとしても[#「可いとしても」は底本では「可としても」]、今まで末の子として何んな駄々児ぶりを発揮しても、皆んなから笑つて通されてゐた習慣で、不意に同棲することになつた百合子に対して、優越感を示すやうなことも、好子にはちよつと気がゝりでないこともなかつた。さうかと言つて、百合子が余り伸び/\して、丸子がおとなしく過ぎるやうなことは、尚更不安であつた。
 融にはさういふ気持がよく解つた。そして、
「やつぱり百合子をお祖母さんとこへ還しませうかしら」と好子が暗い顔をしてゐるのを見ると、それも可いかも知れないと思ふのであつたが、しかしこの二人の子供を並べて育てて行くことは、彼に取つては興味ふかい試みであり、人生修業の一つとして、意義の深いものでもあつた。
 融は長いあひだ、自己を開放することのできないのに苦しんでゐた。利己的な観念から、何んでも彼でも自己ばかりを守らうとするやうな窮屈さから脱るゝことのできない、自分の小ひささに不満を抱いてゐた。
「なぜ自分の子供を自分のものとして、所有しなければならないか。」
「なぜ近よつて来る青年を、自分の子供のやうに愛することができないか。」
 融は長いあひだそれを思ひつゞけてゐた。しかし外界生活並びに自分自身の生活状態から言つて、自己を開放することの危険もわかつてゐた。子供を不幸にしてもならないのであつた。
 勿論好子の子供のことは、それとはいくらか違つた種類の問題ではあつたが、丸子を好子はこれほどに愛し、丸子もまた好子なしには半日も暮らすことのできないほど…

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