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女流作家
じょりゅうさっか
作品ID55383
著者徳田 秋声
文字遣い新字旧仮名
底本 「徳田秋聲全集 第16巻」 八木書店
1999(平成11)年5月18日
初出「新潮 第二十四年第四号」1927(昭和2)年4月1日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2021-11-18 / 2021-10-27
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 昨夜[#「昨夜」は底本では「咋夜」]同伴が二人できて、栄子は或る日本ものゝ映画の試写を見に行きに、小森をも誘つた。その招待券の小森へも来たのは、つひ二三日前のことで、彼は栄子が工合のわるい体を悲観してゐるので、仕事が一つ片づいたところで、何うせ詰らないとは知りながら、舞踊好きな彼女を観劇に誘つて、それだけでも見ようとおもつて家を出たのであつたが、その間ぎわに其招待券を手にしたのであつた。
 悦んで仕度をして栄子は下宿へ帰つて行つた。そして二人一緒に出たのであつた。
「活動の招待券が来てゐた。」小森は途中その話をした。
「どこ?」
「××会館。『彼をめぐる五人の女』とかていふんだよ。好いの。」小森は彼女にきいた。
「見たい! 五人の女優が出るのよ。前触が大変なの。」
 栄子は有名なその五人の女優の噂などして、小森に聞かせた。その時にかぎらず、小森は栄子から映画女優の話を、折にふれては聴かされてゐたが、中でも教養のあるY・Oのこととなると、話手にも興味があるとみえて、熱心に語るので、小森も一度見たいやうな気がしてゐた。
「ぢや一度見てみよう。」
 その夜の観劇も失望に了つた。
「勉強するわ。勉強しませうね。何処へ行つたつて、何を見たつてもう私達には何ものも与へられないのよ。時間を無駄に費した悔ひが、仕事の方へ気持を駆つてくれるだけなのよ。」
 さう云ふ栄子の言葉や気持に、動もするとだらけがちな気分を引締められさへする小森であつた。彼女は書きはじめたり読みだしたりすると、それに没頭しきつて、夜の明けるのも知らないのであつた。何処へ行つても彼女の心はひたすらに芸術を思ひ詰めてゐた。何んなに熱のあるときでも、書くことの方が彼女を悩ませもし、楽しませもするのであつた。
 それから中三日とおかない或る寒い日であつた。栄子は書くものゝ気分が纏まつて来ないのに悶えて、昼頃原稿紙挟みやペンをもつて下宿の部屋へ帰つて行つた。小森も彼女の気分を乱したくはなかつた。一つ部屋に二人ゐると、話がそれからそれへと後を引いて、果てしがなかつた。そしてそれが馴れつこになつて来た揚句に、何かしら一寸としたことから低気圧が襲つて来て、栄子がぽいと自分の下宿へ帰るやうなことも珍らしくはなかつた。
 小森は栄子がゐても書けず、ゐなければゐないでまたぽかんと煙草をふかしてゐた。
「私も書くから、あんたもお書きなさいね。」
「よし、書く。」
 さう言ひながらも小森は独りになると、今までは他のことは浸入してくる余地のなかつた頭脳が、急にぼや/\と弾力を失つたゴム毬のやうに、ふやけ放題にふやけて来て、漠とした様々の思念が雲のやうに湧いて来るのであつた。
 小森はこの頃大抵夜、仕事をすることになつてゐたので、九時か十時、何うかするとお昼頃でなければ目のさめないことが屡々あつた。大抵戸袋のうへの小窓の硝子戸に、…

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