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二つの失敗
ふたつのしっぱい
作品ID55384
著者徳田 秋声
文字遣い新字旧仮名
底本 「徳田秋聲全集第16巻」 八木書店
1999(平成11)年5月18日
初出「創造 十一月号」1931(昭和6)年11月1日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者久世名取
公開 / 更新2018-11-18 / 2018-10-24
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 空の青々と晴れた、或る水曜日、青木は山の手の支那料理採蘭亭で、或るダンサアと昼飯を食べる約束があつたので、時刻を計つてタキシイで出かけた。町は到る処野球試合の放送で賑はつてゐた。素から知らない顔でもなかつた採蘭亭のマダムを、或晩或ダンスホールでそこのダンサアに更めて紹介されてから、紹介したそのダンサア達と一緒にそこで会食したのは、最近のことであつた。採蘭亭は崩壊した或る有名な実業家の豪奢な屋敷跡であつた。電車通りから少し入ると、埃がもや/\見えるやうな慵い暮春の街筋に黄色い壁が直ぐ目にいた。
 見知りの女中の顔が玄関に見えた。
「お一人でいらつしやいますか。」
「いや、女の人が後から一人……。」
 青木はこの前も通された、廻り縁の角にある一つの部屋に通された。薄日が縁側に差してゐた。彼は煙草をふかしながら、扁額の支那人の字を見てゐた。彼はこの頃現実の生活背景を考へる必要のない若い女と話すのが、一つの趣味になつてゐた。勿論ダンスガールにだつて生活背景のない筈はなかつた。生活戦線に立つてゐる以上、彼女達も亦他の職業婦人と同じく、何かしら生活をもつてゐるに違ひなかつた。彼等の一人々々の運命には、現代のあらゆる若い職業婦人と同じ悩みがあつた。彼女達の生命は短かつた。新しいダンサアが夫から夫へとホールに出現した。刺戟的な音楽と、群れてくる異性によつて彼女達の感情は荒び神経は摺り切らされた。
「華やかに踊りしあとの佗しさは、うつろなる我を見出せし時。」
 或る時或るダンサアがそんな歌を彼に書送つた。
 ダンサアの蔭には、他の職業婦人以上の寂しさが附纏つてはゐたが、しかし其日其日のホール気分が、それを胡麻化させてゐた。兎に角彼女達は、他の職業婦人に比べて、異性に媚びたり、小使に行詰つたりするやうな惨めさのないだけが見つけものであつた。
 女中と話してゐる処へ、マダムが現はれた。マダムはこの都会で何か一ト仕事をしてゐる総ての婦人に共通な、中性的な或気象と、近代的な生活意慾との持主らしかつたが、上品な感触は何うしても智識階級の人であつた。
「繁昌してますか。」
「お蔭さまでぽつ/\……有難いことには、私のところは御贔負の御定連さまばかりで、この界隈華族様方や政治方面の方々が多うございますので。」
「ダンスは……。」
「もと私も遣つたことはございますけれど、ワンステツプで体をゆすつたものですの。今は皆さんお上手で……。ホールへ行きますのは、大抵、お客様の御伴ですが、家の若い人達にも習はせておかうと思ひまして。時勢がかはりましたね。お料理だけでは、今のお客さまが来て下さらないのです。ヱロサアビスとやらでございませんと。」
「へえ! 一体みな話好きになつたからね。」
「私も銀座へ進出して大衆食堂を出したいと、思つてゐますけれど今のところそんな資本もございませんし……大したものは入…

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