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安達ヶ原の鬼婆々異考
あだちがはらのおにばばいこう
著者中山 太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「東北文化研究 第一卷第二號」 史誌出版社
1928(昭和3)年10月1日
初出「東北文化研究 第一卷第二號」史誌出版社、1928(昭和3)年10月1日
入力者しだひろし
校正者フクポー
公開 / 更新2019-06-13 / 2019-05-28
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


「東北文化研究」創刊號の餘白録に、喜田先生の「安達ヶ原の鬼婆々」を讀んで、先生の御高見もさる事ながら、これに就いては小生も先年から多少考へてゐるところがあるので、こゝに異考として先生の驥尾に附し、敢て御笑ひ草までに書きつけるとした。そしてこゝには結論だけを申上げる。
 我國には古く妊婦が胎兒を分娩せずして産の上で死亡すると、妊婦の腹を割いて(産婦の死後は産道の活力が失せるので、こゝから胎兒を引き出すことは出來なかつたらしい)胎兒を取り出し、妊婦にその胎兒を懷かせ(土地によつては妊婦と胎兒を後ろ合せにする處もあるが、それは略して置く)て埋葬する土俗が存してゐた。而してその折に腹を割く役を勤めた老婆が、安達ヶ原の鬼婆々の眞相だと私は考へてゐる。「奧州安達ヶ原」といふ淨瑠璃の「四段目」を讀んで(此の筋は謠曲かお伽草紙から得たものと思ふが、こゝにはその詮議は預るとする)見ても、貞任の母が自分の娘と知らずに妊婦の腹を割いて胎兒を取るといふ脚色になつてゐるので、奧州には此の口碑なり土俗なりが廣く行はれてゐたことゝ思はれる。而して此の土俗はアイヌには近年まで實行されてゐて、二三の書物にも載せてあるが、今は近刊の「アイヌの足跡」から抄録する。同書の「妊婦及び分娩」の條に左の如く記してある。
妊婦難産の爲め死亡せし場合は、一般葬儀の場合と同一形式に依るも、墓地に到りて埋葬に先だち屍體の包を解き會葬者を遠ざけ、鎌を以て腹部を割き體内の嬰兒を出し母の屍體に抱かしめ、再び包みて之を葬る。此役に當る者は部落中のフツチ(老婆)の中より膽の座りたる者を擇ぶ由なり。此手術を爲す際着用したる手術者の衣服は、手術後現場に於て鎌を以て寸々に切り裂き其儘之れを放棄す。
 安達ヶ原の鬼婆々は、此の鎌を執る老婆(或はこんな事を營業にした者があつたのかも知れぬ)の傳説化ではないかと考へてゐる。そして奧州には此の種の土俗の面影は二三年前までも殘つてゐた。私の宅にゐた福島縣平町に近い×村生れの女中の姉が難産で死んだ折に、醫師を頼んで胎兒を引き出しアイヌと同じやうに妊婦に懷かせて葬つたと私に語つたことがある。そしてこれと同じ土俗は喜田先生のお國に近い愛媛縣にも行はれてゐるといふ報告に接してゐる。これは御歸省の折にでも御調査をねがひたいものだと思ふてゐる。
 妊婦の腹を割いて胎兒を取り出し、それを母親に懷かせて埋めるといふやうな慘酷極まる土俗が何故に發生したものか、それと同時に内地に行はれたものはアイヌのそれに學んだものか、それとも獨立して發生したものか、それ等に就いて愚案あるも、尻馬に長いのは禁物と存じ、これで終りとする(創刊號を讀んだ朝)



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