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作品ID | 55449 |
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著者 | ボードレール シャルル・ピエール Ⓦ |
翻訳者 | 富永 太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「富永太郎詩集」 現代詩文庫、思潮社 1975(昭和50)年7月10日 |
入力者 | 村松洋一 |
校正者 | 岩澤秀紀 |
公開 / 更新 | 2013-04-13 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
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開いた窓の外からのぞき込む人は決して閉ざされた窓を眺める人ほど多くのものを見るものではない。蝋燭の火に照らされた窓にもまして深い、神秘的な、豊かな、陰鬱な、人の眼を奪ふやうなものがまたとあらうか。日光の下で人が見ることの出来るものは、窓ガラスの内側で行はれることに比べれば常に興味の少ないものである。此の黒い、もしくは明るい空の中で、生命が生活し、生命が夢み、生命が悩むのである。
波のやうに起伏した屋根の向ふに一人の女が見える。盛りをすぎて既に皺のよつた、貧しい女である。いつも何かに寄りかゝつてゐて、決して外へ出掛けることがない。私は此の女の顔から、衣物から、挙動から、いや殆んど何からといふことはなく、此の女の身の上話を――といふよりは、むしろ伝説を造り上げてしまつた、そして私は時々涙を流しながら、この話を自分に話して聞かせるのである。
これが若し憐れな年とつた男であつたとしても、私は全く同じ位容易に彼の伝説を造りあげたであらう。
それから私は他人の身になつて生活し、苦しんだことを誇りに思ひながら床に就くのである。
諸君はかう云ふかも知れない、「その話しが事実だといふことは確かゝね?」私の外にある真実がどんなものであらうと何の関りがあるものか――若しそれが、私が生活する助けとなり、私が自分の存在してゐることと、自分が何であるかといふことを感ずる助けとなつたものならば。