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予謀殺人
よぼうさつじん
作品ID55458
著者フリーマン リチャード・オースティン
翻訳者妹尾 アキ夫
文字遣い新字新仮名
底本 「世界推理小説全集二十九巻 ソーンダイク博士」 東京創元社
1957(昭和32)年1月10日
入力者sogo
校正者小林繁雄
公開 / 更新2013-11-01 / 2021-07-07
長さの目安約 73 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

犯罪編

 よい酒を送ってくれといって、それに相当する金を送ってきた人に、わるい酒を送る商人は、面とむかって非難されてもしかたがないどころか、ことによると、法律上の罪人になるかもしれない。それは、道徳的にいって、不愉快な同室者をさけるため、一等切符をかって一人おさまっている乗客のそばに、そのいやがる同室者をおしつける鉄道会社と同罪なのである。が、もともと、ハーバート・スペンサーも指摘したように、集団的良心というものは、個人的良心より、鉄面皮なものなのである――
 ルーファス・ペンベリーはそう考えた。彼がそう考えたのは、汽車がメイドストン駅を発車しかけたとき、一人の粗野な逞しそうな男が、車掌に案内されて、彼の部屋にはいってきたからであった。彼がわざわざ高い料金をはらったのは、クッションの柔らかい座席に坐りたいからでなくて、なるべく自分一人きり、それが不可能なら、すくなくも感じの好い人と同室になりたかったからだった。ところが、その男がはいってきたため、それが二つともだめになったのである。彼は憤慨した。
 その男は、彼の孤独の邪魔をしたばかりでなく、じつに傲慢無礼な態度をとった。汽車が動きはじめるやいなや、じっと無遠慮な視線をペンベリーにそそいで、ポリネシヤの人形のように、まばたきもせず見つめるのである。
 彼は不愉快なばかりでなく、頭が混乱してしまった。しだいに腹が立ってきたので、坐ったままもじもじ体を動かした。紙入れをだして、一つ二つの手紙を読んだり、名刺を分けたりした。傘をひろげて目隠しにしようかとさえ思った。しまいには辛抱しきれなくなった。頭がにえくりかえるほどだった。ついにたまりかねて、彼はとげとげしくいった。
「そんなにおれの顔ばかりにらんでいたら、今度であったとしても、見そこなう心配はないだろうね。またであうのはまっぴらだが。」
「一万人の群集のなかだって、君の顔を見そこなう心配はないよ。顔を覚えることにかけちゃ、おれは名人なんだから、一度見た顔は忘れやせん。」
 あまりの言葉にペンベリーはどきっとして、
「それは結構。」といった。
「顔を覚えるのが上手なのは都合のいいものだよ。すくなくも、ポートランド刑務所の看守をしていた頃は、そいつが役にたった。君だっておれを覚えているだろう。プラットだよ。君があすこにいる頃、看守の手伝いをしていた男だ。ポートランドは地獄みたいなところだった。だから前科者の顔をみるため町へ行く時には、おれはとても嬉しかったものだ。あの頃拘置所は、君も覚えているだろうが、ホロウェイにあった。のちにはブリクストンに移ったけれど。」
 昔のことを考えながら、プラットは言葉をきった。ペンベリーは、驚いてまっさおになり、
「誰かと人違えをしているんだよ。」と、あえぐようにいった。
「人違いじゃないよ。君はフランシス・ドブズだろう。十二年ほ…

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