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原始林の縁辺に於ける探険者
げんしりんのえんぺんにおけるたんけんしゃ |
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作品ID | 55473 |
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副題 | une ode une ode |
著者 | 富永 太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「富永太郎詩集」 現代詩文庫、思潮社 1975(昭和50)年7月10日 |
入力者 | 村松洋一 |
校正者 | 川山隆 |
公開 / 更新 | 2014-03-29 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
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[#挿絵]
陽の眼を知らぬ原始林の
幾日幾夜の旅の間
わたくし 熟練な未知境の探険者は
たゞふかぶかと頭上に生ひ伏した闊葉の
思ひつめた吐息を聴いたのみだ。
たゞ蹠に踏む湿潤な苔類の
ひたむきな情慾を感じたのみだ。
[#挿絵]
まことに原始林は
光なき黄金の水蒸気に氾濫し
夏の日の大いなる堆肥の内部さながらに
エネルギーの無言の大饗宴であつた。
あゝ嘗て私の狂愚と慚羞とを照した太陽は
この探険の最初の日
さりげなく だが 赤々とその身を萎み
私をこの植物の大穹窿の中へと解き放つた。
その日から私に与へられたのは
獣類の眠りのやうな漆黒の忘却であつた……
それを思へば
今もなほ あゝ 喜びに身が慄ふ!
[#挿絵]
毛並さはやかな仔豹のやうに しづしづと
また軽捷に
私は怪奇な木賊族の夢を貪婪に掻き分けた――
何ものの悪意も知らず 怖れもなくて
強靱な植物らの絶え間なく発汗する
強酒のやうな露を身に浴び
誇りかに たゞ誇りかに
鼻孔をひらき かぐろいエーテルを分けて進み行くわが身は
心楽しく闇と海とに裂傷をつくる
春の夜の無心の帆船であつた。
だが ときをりは
嘗て見た何かの外套のやうな
巨大な闊葉の披針形が
月光のやうに私の心臓に射し入つてゐたこともあつたが……
[#挿絵]
恥らひを知らぬ日々の燥宴のさなかに
ある日(呪はれた日)
私の暴戻な肉体は
大森林の暗黒の赤道を航過した!
盲ひたる 酔ひしれたる一塊の肉 私の存在は
何ごともなかつたものゝやうに
やはり得々と 弾力に満ちて
さまざまの樹幹の膚の畏怖の中を
軽々と摺り抜けて進んでは行つたが、
しかし
喩へば肉身を喰む白浪の咆吼を
砂丘のかなたに予感する旅人のやうに
心はひそやかな傷感に衝き入られ
何のためとも知らぬ身支度に
おのが外殻の硬度を験めす日もあつたのだ!
[#挿絵]
(未完)