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基督信徒のなぐさめ
キリストしんとのなぐさめ
作品ID55507
著者内村 鑑三
文字遣い新字新仮名
底本 「基督信徒のなぐさめ」 岩波文庫、岩波書店
1939(昭和14)年9月15日
初出明治二十四年四月十九日いわゆる……「基督信徒のなぐさめ」警醒社書店、1924(大正13)年2月25日改版<br>“If I can put……「基督信徒のなぐさめ」警醒社、1896(明治29)年12月1日<br>自序「基督信徒の慰」警醒社、1893(明治26)年2月25日<br>第二版に附する自序「基督信徒のなぐさめ」警醒社、1893(明治26)年8月14日<br>回顧三十年「基督信徒のなぐさめ」警醒社、1923(大正12)年2月25日
入力者家田文隆
校正者officeshema
公開 / 更新2021-02-13 / 2021-01-27
長さの目安約 103 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#ページの左右中央]


明治二十四年四月十九日いわゆる『第一高等中学校不敬事件』ののちに、余のためにその生命を捨し余の先愛内村加寿子に謹んでこの著を献ず、願くは彼女の霊天に在りて主と偕に安かれ。
鑑三


[#改ページ]
[#ページの左右中央]


“If I can put one touch of a rosy sunset into the life of any man or woman, I shall feel that I have worked with God.”―― George MacDonald.


[#改ページ]

自序

 心に慰めを要する苦痛あるなく、身に艱難の迫るなく、平易安逸に世を渡る人にして、神聖なる心霊上の記事を見るも、ただ人物批評または文字解剖の材料を探るにとどまるものは至少の利益をもこの書より得ることなかるべし。
 しかれども信仰と人情とにおける兄弟姉妹にして、記者とともに心霊の奥殿において霊なる神と交わり、悲哀に沈む人霊と同情推察の交換をなさんとするものは、この書より多少の利益を得ることならんと信ず。
 この書は著者の自伝にあらず、著者は苦しめる基督信徒を代表し、身を不幸の極点に置き、基督教の原理を以て自ら慰さめんことを勉めたるなり。
 書中引用せる欧文は必要と認むるものにして原意を害なわずして翻訳し得るものは著者の意訳を附せり、しかれども訳し得ざるものまたは訳するの必要なきものはそのままに存し置けり、ゆえに欧文を解し得ざる人といえどもこの書を読むにおいて少しも不利益を感ぜざることと信ず。

明治二十六年一月二十八日
摂津中津川の辺において    内村鑑三
[#改ページ]

第二版に附する自序

 この書世に生れ出てより五ヶ月今や第二版を請求せらるるに至れり未だ需要の多からざる純粋基督教書籍にしてここに至りしは満足なる結果と称して可ならむ
 第二版は初版と異なるところはなはだ少し、誤植を訂正し引用欧文の訳解を増補せしのみ
 著者の拠る所は人性深底の経[#挿絵]なり、ゆえに教派的の嫌悪文字的の貶評は彼の辞せざるところなりもしこの「狷介奇僻」の著にしてなお同胞を慰むるの具たるを得ば著者は感謝して止まざるなり。

明治二十六年七月十八日
鉄拐山の麓において
内村鑑三
[#改ページ]

改版に附する序

 この書初めて成るや余はもちろんまず第一にこれを余の父に送れり(彼は今は主に在りて雑司ヶ谷の墓地に眠る)。彼れ一読して涙を流して余に告げていわく、この書成りて今や汝は死すとも可なり、後世、或は汝の精神を知る者あらんと。余はまたその一本を余の旧友M・C・ハリス氏に贈りたり(彼は今や美以教会の監督として朝鮮国に在り)。彼れ一読して余に書送していわく、この書けだしペンが君の手より落ちて後にまで存せんと。かくて余の父と友とに…

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