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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID55511
副題081 受難の通人
081 じゅなんのつうじん
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第十二卷 鬼女」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年8月25日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1938(昭和13)年10月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-06-10 / 2014-09-16
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 錢形平次が關係した捕物の中にも、こんなに用意周到で、冷酷無慙なのは類のないことでした。
 元鳥越の大地主、丸屋源吉の女房、お雪といふのが毒死したといふ訴へのあつたのは、ある秋の日の夕方、係り同心漆戸忠内の指圖で、平次と八五郎が飛んで行つたのは、その日も暮れて街へはもう灯の入る時分でした。
「へエー、御苦勞樣で――」
 出迎へた番頭の總助の顏は眞つ蒼。
「錢形の親分さんで、――飛んだお騷がせをいたします」
 さう言ふ主人源吉の顏にも生きた色がありません。
「皆んな蒼い顏をしてゐるやうだが、何うした事だい」
 平次は單刀直入に訊きました。
「皆んなやられましたよ、親分さん、運惡く死んだのは、平常の身體でなかつた家内一人だけで」
 主人源吉の頬のあたりに、皮肉な苦笑が歪んだまゝコビリ附きます。
「フーム、一家皆殺しをやりかけた奴があると言ふのだな」
「へエ――」
 主人と番頭は顏を見合せました。
「そいつは容易ならぬ事だ、詳しく聞かして貰はうか」
 平次も事の重大さに、思はず四方を見廻しました。氣のせゐか、家中のものが皆なソハソハして、厄病神の宿のやうに、どの顏もどの顏も眞つ蒼です。
「今朝の味噌汁が惡うございました。飯にも香の物にも仔細はなかつた樣子で、味噌汁を食はないものは何ともございませんが――」
「味噌汁の中毒といふのは聞いたことがないな、――まア、その先を」
 平次は不審の眉を顰め乍らも、主人の言葉の先を促しました。
「朝飯が濟んで間もなく、皆んな苦しみ出しました。――散々吐くのでございます。丁度、霍亂か何かのやうな、一時は臟腑まで吐くんぢやないかと思ひました。が、それでもうんと吐いたのは容態が輕い方で、あまり吐かない女共は重うございました」
「女共?」
「死んだ家内と下女のお越でございます」
「で?」
 平次はその先を促します。
「町内の本道、全龍さんを呼んで、お手當をしてもらひ、晝頃までには、何うやら斯うやら皆んな人心地がつきましたが、晝過になつて、つはりで寢んでゐた家内がブリ返し、一刻ばかり苦しんで、たうとう――」
 主人の源吉はさすがに眼を落します。
「それは氣の毒な」
「晝頃一度元氣になつて、この分なら大丈夫と思つてゐただけに諦めがつきません。どうか、親分さん、この敵を討つてやつて下さい」
 この春祝言したばかりの、戀女房お雪に死なれて、丸屋の源吉は少し取りのぼせて居りました。
「兎も角、御新造の樣子を見たいが――」
「へエ、どうぞ」
 源吉は不承々々に案内してくれます。戀女房のもがき死にに死んだ遺骸を、あまり他人の眼に觸れさせたくなかつたのでせう。
 大地主と言つても、しもたや暮しで、そんなに大きな構ではありません。元鳥越町の甚内橋袂に、角倉のある二階建、精々間數は六つ七つ、庭の廣いのと、洒落た離室のあるのと、木口の良いのが自慢――と…

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