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飢えたる百姓達
うえたるひゃくしょうたち
作品ID55529
著者今野 大力
文字遣い新字新仮名
底本 「今野大力作品集」 新日本出版社
1995(平成7)年6月30日
初出「文芸戦線」1930(昭和5)年1月号
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2015-01-22 / 2015-01-06
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

稲の穂先へ米が幾粒実ったとても
それが生活への打撃の少ないものはいい
一粒の種から一粒の穂先が首を天上へ――

野は早くも荒涼
寒冷に夜はあける
稲ハセは痩せて鳥の飢えたる鳴き声に
不吉な暗示を、
百姓達は
ああ どうしようもない 組合もない
いや増しに来る寒さは吹雪となって腿引の破れへ首を釣り
穀物の尠い土地に雑草の種は蒔かれる。

冬空、雪雲が彼方から村を襲う
ああ 饑餓と窮乏の争には
木の葉となって泥沼の中に漂う飢えたる貧しき百姓達。

雪が降って気も心も親も子も家も畑も立枯も草立も
みんな一切は埋れてしまう。
「来春の種籾をどうすべかや」
「役場さ行って借りて来べかし」
「地主様さ行って願って見べかし」
「いやいや出稼ぎに行くべぞ」
村には働く男衆が失われる。

村には今年正月がない 山の神もない
村では物憶えの悪い百姓達があちこちへ寄り合い
羽蚤に痩せ衰えた[#挿絵]が卵も生まずに馘られる
酒は悪酔の地酒 密造酒、
肴はしなっこい鼠の肉
お銚子料理番は 栄養不良の嬶あ達
松内の祝いは共同で催される
共同は経済だ!

息子は市街へ小僧に送られ
娘は女中や女郎へ追いやられ
「儲けろ 沢山とな 立派人になって呉れ」
息子は御用聞きをして手足を凍傷にし
娘は躯をくさらして病院に閉じこもり
親父は炭焼小屋で声もなく圧死する
「儲けなんぞどこに転がってけつかるんぞい」
残された女やもめは焚火の煙りと泣き明しに
ただくさった両眼をしばたたき
幼い子供に藁沓を穿かせ左と右へ――
背では赤ん坊が声を枯らしてあえぎ泣き
村には彼女達を養う余力もない。

雪道には橇跡
橇跡には馬糞の凍塊
「馬糞はまさかいびって食うことも出来まいし」
「雪じゃまた腹がくつくなることもあんめい」
「澱粉の三番粉でも雪の下から掘っくり返して喰うたらいいぞ」
「豚こであんめいし喰われっか!」
「何言ってやがるんだい人間だぞよ、地主の畜生奴ら!」
投げつける血べとのような呪咀!
いくじなしは世の楽しさも知らない子供を道連れに
鉄道線路でへたばり殺された
田舎街への踏切は一面の血しぶきに染められ
染められた血潮は雪で埋められた。

草色服に真赤い兵隊帽
青年訓練所生徒
「若けい野郎児ら鉄砲担いでどこぞへ?
 戦争でもおっ初まったかよ
 そしたら兄んさもとられっぺし
 誰ば殺そとて弾丸こめるかよ
 ロスケかアメリカか支那兵か騒動か」
「婆さん待ってけれ
 お前の婿あタマ除けでない
 俺らあ戦争あ反対だ!
 俺らあ若い元気者だ!
 元気者の腕を見ろ! なあ婆さんや」

村の夜には凍えた灯
雪明りに一筋の細道が拝み小屋へ――
離れ小屋には小馬が空っぽの凍結た馬草桶をガタン――ガタン――
誰一人の来手もなく
もの倦く一夜を佇ち明かし
板壁を踏みくじき
葦囲いをむしり喰い荒し
寒い曠野への窓を作る。

村に…

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