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五月雨
さみだれ
著者樋口 一葉
文字遣い旧字旧仮名
底本 「武蔵野 第三編」 今古堂
1892(明治25)年7月23日
初出「武蔵野 第三編」今古堂、1892(明治25)年7月23日
入力者万波通彦
校正者Juki
公開 / 更新2020-05-02 / 2020-04-28
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

(一)

池に咲く菖蒲かきつばたの鏡に映る花二本ゆかりの色の薄むらさきか濃むらさきならぬ白元結きつて放せし文金の高髷も好みは同じ丈長の櫻もやう淡泊として色を含む姿に高下なく心に隔てなく墻にせめぐ同胞はづかしきまで思へば思はるゝ水と魚の君さま無くは我れ何とせんイヤ汝こそは大事なれと頼みにしつ頼まれつ松の梢の藤の花房かゝる主從の中またと有りや梨本何某といふ富家の娘に優子と呼ばるゝ容貌よし色白の細おもてにして眉は※[#「霞」の「コ」に代えて「マ」、1-10]の遠山がた花といはゞと比喩を引くもこぢたけれど二月ばかりの薄紅梅あわ雪といふか何か知らねど濃からぬほどの白粉に玉虫いろの口紅を品よしと喜こぶ人ありけり十九といへど深窓の育ちは室咲きも同じこと世の風知らねど松風[#ルビの「まつ ぜ」はママ]の響きは通ふ瓜琴の[#「瓜琴の」はママ]しらべに長き春日を短かしと暮す心は如何ばかり長閑けかるらん頃は落花の三月盡ちればぞ誘ふ朝あらしに庭は吹雪のしろ妙も流石に袖は寒からで蝶の羽うらの麗朗とせし雨あがり露椽先に飼猫のたま輕く抱きて首玉の絞り放し結ひ換ゆるものは侍女のお八重とて歳は優子に一ツ劣れど劣らず負けぬ愛敬の片靨誰れゆゑ寄する目元のしほの莞爾として手を放しつ不圖見返りて眉を寄せしが又故にホヽと笑つて孃さま一寸と御覽遊ばせ此マア樣子の可笑しいことよと面白げに誘はれて何ぞとばかり立出る優子お八重は何故に其樣なことが可笑しいぞ私しには何とも無きをと惱ましげにて子猫のヂヤレるは見もやらで庭を眺めて茫然たり孃さま今日もお不快御坐いますか否や左樣も無けれど何うも此處がと押して見する胸の中には何がありや思ふ思ひを知られじとか詞をかへて八重やお前に問ふことがある春につきての花鳥で比べて見て何が好きぞ扨も變つたお尋ね夫は心々でも御坐いませうが歸鴈が憐れに存じられます左りとては異なことぞ都の春を見捨てゝ行く情なしがお前は好きか憐れといへば深山がくれの花の心が嘸かしと察しられる世にも知られず人にも知られず咲て散るが本意であらうか同じ嵐に誘はれても思ふ人の宿に咲きて思ふ人に思はれたら散るとも恨みは有るまいもの谷間の水の便りがなくは流れて知られる頼みもなしマアどの位悲しからうと入らぬ事ながら苦勞ぞかしとて流石に笑へばテモ[#「テモ」はママ]孃さまは花の心を宜く御存じ私しが歸鴈を好きと云ふは我身ながら何故か知らねど花の山の曉月夜さては春雨の夜半の床に鳴て過ぎる聲の別れがしみ/″\と身にしみて悲しい樣な淋しいやうな又來る秋の契りを思へば頼母しいやうにもあり故郷へ歸るといふからして亡き親の事が思はれますと打しほるれば夫は道理わたしでさへも乳母の事は少しも忘れず今も在世なら甘へるものをと何ぞにつけて戀しければ子の身では如何ばかり心ぼそくも悲しくも有らうなれど及ばずながら私しは力になる心姉と思ふてよと頼むは可…

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