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暗夜
やみよ
著者樋口 一葉
文字遣い旧字旧仮名
底本 「文學界 一九号、二一号、二三号」 文學界社雜誌社
1894(明治27)年7月30日、9月30日、11月30日
初出その一~その四「文學界 一九号」文學界社雜誌社、1894(明治27)年7月30日<br>その五~その六「文學界 二一号」文學界社雜誌社、1894(明治27)年9月30日<br>その七~その十二「文學界 二三号」文學界社雜誌社、1894(明治27)年11月30日
入力者万波通彦
校正者Juki
公開 / 更新2019-05-02 / 2019-08-29
長さの目安約 40 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

(その一)

取まわしたる邸の廣さは幾ばく坪とか聞えて、閉ぢたるまゝの大門は何年ぞやの暴風雨をさながら、今にも覆へらんさま危ふく、松はなけれど瓦に生ふる草の名の、しのぶ昔しはそも誰れとか、男鹿やなくべき宮城野の秋を、いざと移したる小萩原ひとり錦をほこらん頃も、觀月のむしろに雲上の誰れそれ樣、つらねられける袂は夢なれや、秋風さむし飛鳥川の淵瀬こゝに變はりて、よからぬ風説は人の口に殘れど、餘波いかにと訪ふ人もなく、哀れに淋しき主從三人は、都會ながらの山住居にも似たるべし
山崎の末路はあれと指されて衆口一齊に非はならせど、私欲ならざりける證據は、家に餘財のつめる物少なく、殘す誹りの夫れだけは施しける徳も、陰なりけるが多かりしかば、我れぞ其露にとぬれ色みする人すらなくて、醜名ながく止まる奧庭の古池に、あとは言ふまじ恐ろしやと雨夜の雜談に枝のそひて、松川さまのお邸といへば何となく怕き處のやうに人思ひぬ
もとより廣き家の人氣すくなければ、いよいよ空虚として荒れ寺などの如く、掃除もさのみは行屆かぬがちに、入用の無き間は雨戸を其まゝの日さへ多く、俗にくだきし河原の院も斯くやとばかり、夕がほの君ならねど、お蘭さまとて册かるる娘の鬼にも取られで、淋しとも思はぬか習慣あやしく無事なる朝夕が不思議なり
晝さへあるに夜るはまして、孤燈かげ暗き一室に壁にうつれる我が影を友にて、唯一人悄然と更け行く鐘をかぞへたらんには、鬼神をひしぐ荒ら男たりとも越し方ゆく末の思ひに迫まられて涙は襟に冷やかなるべし、時は陰暦の五月二十八日月なき頃は暮れてほどなけれども闇の色ふかく、こんもりと茂りて森の如くなる屋後の樫の大樹に音づるゝ、風の音のものすごく聞えて、其うら手なる底しれずの池に寄る浪のおとさへ手に取るばかりなるを、聞くともなく聞かぬともなく、紫檀の机に臂を持たして、深く思ひ入りたる眼は半ばねふれる如く、折々にさゞ波うつ柳眉の如何なる愁ひやふくむらん、金をとかす此頃の暑さに、こちたき髮のうるさやと洗しけるは今朝、おのづからの緑したゝらん計なるが肩にかゝりて、こぼるゝ幾筋の雪はづかしき頬にかゝれるほど、好色たる人に評させんは惜しゝ、何とやら觀音さまの面かげに似て、それよりは淋しく、それよりは美くし
忽ち玄關の方に何事ぞ起りたると覺しく、人聲俄かに聞えて平常ならぬに、ねふれる樣なりし美人はふと耳かたぶけぬ、出火か、鬪諍か、よもや老夫婦がと微笑はもらせど、いぶかしき思ひに襟を正して猶聞とらんと耳をすませば、あわたゞしき足音の廊下に高く成りて、お蘭さま御書見でござりまするか、濟みませぬがお藥を少しと障子の外より言ふは老婆の聲なり
何とせしぞ佐助が病氣でも起りしか、樣子によりて藥の種類もあれば、せかずに話して聞かせよと言へば、敷居際に兩手をつきたる老婆は慇懃に、否老爺では御座りませぬ
今宵も例の如く佐助、お庭…

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