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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
作品ID55697
副題306 地中の富
306 ちちゅうのとみ
著者野村 胡堂
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第三十三卷 花吹雪」 同光社
1954(昭和29)年10月15日
初出「オール讀物」文藝春秋新社、1953(昭和28)年11月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2017-01-10 / 2017-03-04
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「へツ、へツ、へツ、親分」
 ある朝、八五郎が箍の外れた桶見たいに、笑ひながら飛び込んで來ました。九月もやがて晦日近く、菊に、紅葉に、江戸はまことに良い陽氣です。
「挨拶も拔きに、人の家へ笑ひ込む奴もねえものだ。少しは頬桁の紐を引締めろよ、馬鹿々々しい」
 平次は、精一杯に不機嫌な顏を見せながらも、實はこの二三日、八五郎を待ち構へて居たのです。八が來てくれないと、良いニユースも入らず、平次の活動もきつかけがなくて、手につかない樣に、その心持は、連れ添ふ戀女房のお靜には、わかり過ぎるほど、よくわかつて居ります。試しに、あの佛頂面を、ちよいと突いてやつたら、顏の造作を崩して、笑ひ出すに違ひありません。
「でも、こいつは、親分だつて笑ひますよ。あつしが三日も來なかつたわけ、見當はつきますか、親分」
「いやにニヤニヤして、笑ひの止まないところを見ると、新色でも出來たか。――人の戀路を邪魔する氣はねえが、お前のお膝もとの土手に陣を敷いてるのは止せよ。鼻を取拂はれたひにや、好い男の恰好が付かねえ」
「そんな、氣障な話ぢやありませんよ。あつしはこの三日の間、金掘りに夢中だつたんで」
「ハテね、江戸の眞ん中で金掘りが始まつたのかえ」
「親分は、あれを聽かなかつたんで? 大膳坊覺方の話を」
「そんな坊主は知らねえな」
「へエ、呑氣ですね。この邊も名題の神田御臺所町で、由緒のあるところだ。大膳坊に頼んで觀て貰つちやどうです。相馬の御所から持ち運んで來た、平將門の軍用金が埋めてないとは限りませんぜ」
「脅かすなよ。――うんと金が出來て、岡つ引を止してしまつたら、俺はこの世の中が退屈で、首を縊り度くなるかも知れない」
「へエ、そんなものですかね。――兎も角も近頃は麹町から、四ツ谷、赤坂へかけて、金掘り騷ぎで大變ですよ。行つて見ませんか」
「御免蒙らうよ。眼の毒だ」
「親分は慾がなさ過ぎる。――斯う言ふわけですよ」
 その頃の江戸の地下には、何萬兩とも知れぬ硬貨――わけても、錆びも變質もしない、小判や小粒が埋まつて居るに違ひないといふことは、誰でも考へて居る、一つの常識だつたのです。
 封建時代――幕府の財政に信用がなく、銀行制度もない世の中で、裕福な町人達が一番閉口したのは夥しい通貸を貯へて置く場所でした。その頃の人達は、何より火事が恐ろしかつたのと、兌換制度があやふやだつた爲に、地方には藩札といふものはあつても、庶民の間には強制的に流布させる外はなく、一歩藩の外へ出ると、その藩札といふ紙幣の通用はむづかしかつたので、勢ひ貯蓄の目標は、硬貨による外はなかつたわけです。
 足利義政の亂脈な財政で、支那から鑄造錢を買ひ入れたり、秀吉の朝鮮征伐で、かなりの黄金を持出した上、その頃から盛んになつた、長崎の貿易で、目に餘るほどの金が外國に流出したことは事實ですが、それでも、當時の日本は…

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