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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ |
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作品ID | 55702 |
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副題 | 321 橋場の人魚 321 はしばのにんぎょ |
著者 | 野村 胡堂 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「錢形平次捕物全集第三十四卷 江戸の夜光石」 同光社 1954(昭和29)年10月25日 |
初出 | 「オール讀物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年6月号 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2017-02-08 / 2017-03-04 |
長さの目安 | 約 28 ページ(500字/頁で計算) |
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一
八五郎の顏の廣さ、足まめに江戸中を驅け廻つて、いたるところから、珍奇なニーユスを[#「ニーユスを」はママ]仕入れて來るのでした。
江戸の新聞は落首と惡刷りであつたやうに、江戸の諜報機關は、斯う言つた早耳と井戸端會議と、そして年中何處かで開かれてゐる、寄合ひ事であつたのです。
「お早やうございます。良い陽氣になりましたね、親分」
八五郎と雖も、腹が一杯で、でつかい紙入に、二つ三つ小粒が入つて居ると、斯んな尋常の挨拶をすることもあります。
「大層機嫌が良いぢやないか、――お前の大變が飛び込まないと、――今日は大きな夕立でも來やしないかと、ツイ空模樣を見る氣になるよ」
「へツ、天下は靜謐ですよ、――親分におかせられても御機嫌麗はしいやうで」
「馬鹿野郎、御直參見てえな挨拶をしやがつて」
「親分の繩張り内はろくな夫婦喧嘩もねえが、三輪の萬七親分の繩張りには、昨日ちよいとしたことがあつたさうで」
「チヨイとしたこと――といふと」
平次に取つては、八五郎の『大變』よりは、この『チヨイとした事』の方に興味を惹かれるのです。
「橋場の金持の息子が、土左衞門になつたんで、一向つまらない話で」
「まだ櫻が散つたばかりだぜ、――泳ぎには早いし、金持の息子が、身投げするのも變ぢやないか」
平次はこの短かい報告の中から、幾つかの腑に落ちない點を見出して居るのです。
「あつしも、變だと思つたから、晝過ぎに覗いて見ました。死んだ息子の親許の、橋場の伊豆屋ものぞいて見ましたがね――」
「待つてくれ、橋場の伊豆屋の伜が水死したといふのか、そいつはお前、大した金持の子ぢやないか」
その頃は江戸八百八町と言つても、人口にして百萬に充たず、有名な物持や大町人や、筋の通つた家柄は、御用聞の平次ならずとも大方諳んじて居たのです。
橋場といふところは、一應江戸の場末のやうですが、吉原といふ不夜城を控へ、向島と相對して、今戸から橋場へかけて、なか/\の繁昌であつたことは想像に難くありません。
その橋場の中ほど、錢座寄りに、伊豆屋は質兩替の組頭として、古い暖簾を掛けて居りました。
「大した金持なんですつてね、こちとらには附き合ひはねえが」
「當り前だ。――尤も、伊豆屋の名前は聽いて居るが、主人は何んと言ふか、伜はどんな男か、お前の言ひ草ぢやねえが、俺も附き合ひはねえ」
「主人は、因業で禿げ頭で、恐ろしく達者で、釣が好きで、五十年輩の徳兵衞。伜は菊次郎と言つて、芝居の色子見たいな二十一の好い男、青瓢箪で、鼻聲で、小唄の一つもいけて、女の子には持てるが、飯の足しになることは一つも出來ない」
「大層惡く言ふぜ、怨みでもあるのか」
「質を置きに行つて斷られたわけぢやないから、恩も怨みもありやしません、――その色息子の菊次郎が、自分の家の潮入の池から笹舟のやうな小さい釣舟を漕ぎ出し、隅田川の眞ん…