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![]() マルクスしゅぎはかがくにあらず |
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作品ID | 55771 |
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著者 | 山川 健次郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「現代日本記録全集 9 科学と技術」 筑摩書房 1970(昭和45)年2月28日 |
入力者 | sogo |
校正者 | 持田和踏 |
公開 / 更新 | 2022-06-26 / 2022-05-27 |
長さの目安 | 約 10 ページ(500字/頁で計算) |
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本日は関東大震災第六周年の記念日に相当する。わが輩この日に際して最近大不祥事たる共産党事件が震災よりもさらにさらに恐るべきものとなることを思い、その凶悪なる運動の根源をなすところの思想たるマルクス主義について、自分の平素考えているところをごく単簡にのべ、もって今日の記念講演にかえたいと思うのである。
マルクスはエンゲルスとの共著『共産党宣言』にかれらの先輩の共産主義者たるサンシモン、フーリエー、オーウェン等の主義は空想的であったといい、そうしてエンゲルスはその著『反デューリング』中「これ〔唯物史観および余剰価値の二発見〕で社会主義は一つの科学になったのである」といっており、しこうしてマルクスの主義を科学的社会主義といっている。それでマルクスの流れを汲んでいる者は、マルクスの主義は空想的でない科学的であると大声疾呼している。しからば科学とは何をいうのであるか、科学とはなんぞやという問がおこってくる。わが輩の考うるところでは、一定の真理を土台として厳密なる論理で得られた諸々の結論の総体を一つの科学というのである。この科学の土台になる真理が公理の場合もある。しこうして公理というのは――公理は英語ではアクシオムであって、公は公平の公、理は道理の理――これを言明するの辞の意味を理解する能力のある者は、この言明に同意せざるを得ないものを公理というのであるが、この公理を土台とした科学の例として数学をあげるのが最も適当である。数学の土台たる公理が十ばかりあるが、その一つに「部分は全体より小なり」というのがある。すなわち全体・部分・小と言う辞の意味がわかれば、この公理に同意せざるを得ない。また「同一のものが同時に二つの場所にあり得ない」というのがある。これも同一・同時、二つの場所という辞がわかれば、この言明に同意せざるを得ない。数学という科学はこの誰にも異存のない公理が土台となって、厳密な論理で処理せられ出来上ったもので、誰でもこれを否定し得ないのである。また土台が公理でない場合もある。力と物体の関係を言いあらわす運動の定律というのがある。これと引力の定律というのを土台とし、数学を応用して天体力学すなわち星学の一部を築き上げることが出来た。この二つの定律は公理的のものでない。すなわちこれらの定律を言明し、その辞の意味がわかれば誰でも肯定せざるを得ないものではないが、この二つの定律に反した事実がいまだかつて見出されんので、誰しもこの二つを公理同様の真理として扱かっても異論がない。この二つの定律を土台として造りあげた星学の一部によって、天体の未来の位置を予言することが出来る。するから英国・米国・仏国等で航海暦というものを三年も四年も前に作って航海する者の便利を図っているが、天体の位置が大体正しく出て来る。また肉眼では見えん惑星をこの天体力学の力で探しあてたこともある。このこと…