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とんぼの眼玉
とんぼのめだま
作品ID55787
著者北原 白秋
文字遣い新字旧仮名
底本 「白秋全集 25」 岩波書店
1987(昭和62)年1月8日
初出蜻蛉の眼玉「赤い鳥 3巻3号」1919(大正8)年9月1日<br>夕焼とんぼ「赤い鳥 1巻5号」1918(大正7)年11月1日<br>八百屋さん「赤い鳥 3巻3号」1919(大正8)年9月1日<br>お祭「赤い鳥 1巻4号」1918(大正7)年10月1日<br>のろまのお医者「赤い鳥 3巻2号」1919(大正8)年8月1日<br>ほうほう蛍「赤い鳥 2巻6号」1919(大正8)年6月1日<br>鳰の浮巣「赤い鳥 2巻6号」1919(大正8)年6月1日<br>金魚「赤い鳥 2巻6号」1919(大正8)年6月1日<br>雨「赤い鳥 1巻3号」1918(大正7)年9月1日<br>赤い帽子、黒い帽子、青い帽子「赤い鳥 1巻3号」1918(大正7)年9月1日<br>南京さん「朱欒 創刊号」1911(明治44)年11月1日<br>ちんころ兵隊「赤い鳥 3巻5号」1919(大正8)年11月1日<br>とほせんぼ「赤い鳥 1巻2号」1918(大正7)年8月1日<br>りすりす小栗鼠「赤い鳥 創刊号」1918(大正7)年7月1日<br>山のあなたを「赤い鳥 1巻2号」1918(大正7)年8月1日<br>ねんねのお鳩「赤い鳥 1巻2号」1918(大正7)年8月1日<br>赤い鳥小鳥「赤い鳥 1巻4号」1918(大正7)年10月1日<br>鳥の巣「赤い鳥 1巻4号」1918(大正7)年10月1日<br>なつめ「赤い鳥 1巻6号」1918(大正7)年12月1日<br>うさうさ兎「赤い鳥 2巻2号」1919(大正8)年1月15日<br>屋根の風見「朱欒 1巻2号」1911(明治44)年12月1日<br>かぜひき雀「赤い鳥 2巻1号」1918(大正7)年1月1日<br>あわて床屋「赤い鳥 2巻4号」1919(大正8)年4月1日<br>舌切雀「赤い鳥 2巻5号」1919(大正8)年5月1日<br>雀のお宿「大阪朝日新聞」1919(大正8)年5月19日<br>物臭太郎「赤い鳥 2巻5号」1919(大正8)年5月1日<br>雉ぐるま「赤い鳥 創刊号」1918(大正7)年7月1日
入力者岡村和彦
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2022-01-25 / 2021-12-27
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

はしがき


山火事焼けるな、ホウホケキヨ、
可愛いい小鹿が焼け死ぬぞ。

 これは春の暮、夏のはじめの頃に、夕方かけて、赤い山火事の火の燃える箱根あたりの山を眺めて、この小田原の町の子供たちが昔歌つた童謡の一つだと申します。
 昔の子供たちはかういふ風におのづと自然そのものから教はつて、うれしいにつけ悲しいにつけ、いかにも子供は子供らしく手拍子をたたいて歌つたものでした。
 それが、この頃の子供たちになると、小さい時から、あまりに教訓的な、そして不自然極る大人の心で咏まれた学校唱歌や、郷土的のにほひの薄い西洋風の飜訳歌調やに圧えつけられて、本然の日本の子供としての自分たちの謡を自分たちの心からあどけなく歌ひあげるといふ事がいよいよ無くなつて来てゐるやうに思ひます。
 今の子供たちはあまりに自分の欲する童謡やその他を、その学校や親たちから与へられて居りません。それは今の世の中があまりに物質的功利的であるからでもあります。
 私たちの子供の頃は今から考へましても、それはなつかしい情味の深いものでした。あの頃子供であつた私たちがいかほど大人になりましても、いつまでも忘れられないのは、幼い時母親や乳母たちからきいたあの子守唄の節まはしです。
 でん/″\太皷に笙の笛のあの「ねんねのお守は何処へ行た。」や、山では木のかず萱のかず、天へのぼつて星のかずの「坊やのかはいさ限りない。」や、十三七つの「お月さま」や、十五夜お月さま見て跳ねるのあの「うウさぎ兎」や、こつちの水は甘いぞ、あつちの水は苦いぞの「赤い帽子の蛍」や、一羽の雀が云ふことにのあの「三羽の小さな雀」の謡や、思ひ出せば数かぎりもありません。
 あの野山の木萱のそよぎからおのづと湧いて出たと云ふ民謡や、かうした純日本の童謡やが、次第に廃れてゆく心細さはありません。私は一方にさうしたいつまでも新らしい、而かも日本人としての純粋な郷土的民謡を復興さしたいと云ふ考を持つてゐますにつれて、おなじやうにかうした童謡をも今の無味乾燥な唱歌風のものから元の昔に還さなければならないと思つてゐます。さうしてその本然の心を失はないで、さらに新らしい今の日本の童謡をもその上に築き上げなければならないと願つてゐます。
 私がかういふ心から童謡に興味を持ち出したのも随分と古い事でした。おそらく今の詩人たちの中でも私がいちばん古くから手をつけたのでないかと思ひます。それに私の曾つて公にしました抒情小曲集の「思ひ出」あたりにも随分と童謡味の勝つたものが載せられてあります。この集の中でも「曼珠沙華」の一篇はその「思ひ出」の中から抜いたのでした。外にもいろ/\ありますが、幾分子供たちに読ませるには大人びすぎるので差控えました。
「南京さん」「屋根の風見」の二篇も七八年前に作つたのです。その外は皆新らしいものです。
 昨年から丁度折よく、お友だち…

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