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合縁奇縁
あいえんきえん
作品ID55799
著者佐々木 邦
文字遣い新字新仮名
底本 「佐々木邦全集 補巻5 王将連盟 短篇」 講談社
1975(昭和50)年12月20日
初出「キング」大日本雄辯會講談社、1950(昭和25)年2月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者芝裕久
公開 / 更新2020-12-11 / 2020-11-27
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

第一回の失敗

「瑞竜、お前は養子に行く気はないか? 相手にもよりけりだろうが、随明寺なら申分あるまい?」
 と兄貴がニコ/\して切り出した。さては来たなと僕は思った。随明寺の総領娘錦子さんはナカ/\綺麗な子だった。此方が又、自慢ではないが、秀才の誉れ高かった。その辺は寺町といって、お寺ばかり十何軒並んでいるから、皆お互に見知り越しだった。中学生と女学生だから親しい面晤はなかったが、僕は途上でチョッカイをかけたことがある。
「もし/\。ハンカチが落ちましたよ」
 学校の帰りに擦れ違った時、注意してやった。錦子さんは振り返ったが、嘘と分って、
「まあ! 不良さんね、イヽン」
 と言って、行ってしまった。以来僕を見かけると、空嘯くようにして通って行く。
 さて、その錦子さんのところへ婿養子に貰われて行く問題だ。
「今日東光寺さんが見えて、お互に身許が分っているから丁度好い縁談だと思うが、何んなものだろうと言う」
 兄貴は僕の無条件承諾を期待しているように浴びせかけた。
「随明寺へ行けば、矢っ張りお寺を継ぐんでしょう?」
「それは当り前だ。その為めの養子だから」
「僕、坊主は厭です」
「こら、坊主とは何だ?」
「お坊さんは嫌いです」
「何も分らないで、未だ贅沢を言っているのか?」
「…………」
 この問答でも分る通り、僕のところはお寺だ。しかし僕は既に坊さんになりたくないことを言明していた。それに対して、兄貴は坊さんが一番間違いないから考え直せと言っていたのだった。僕は別に望みがあった。大学へ行って法科をやって官吏になりたいと思っていた。
「すると何うする?」
「大学へ行きたいんです」
「しかし学資は出せないよ。お前も承知の通り、家は貧乏寺だから」
「…………」
「随明寺へ養子に行けば、大学へやって貰える。法科はいけないけれど、哲学を勉強すれば、先生になれる。官立学校の先生なら官吏だぞ」
「帝大へやってくれると先方で言うんですか?」
「修業は充分させてくれるさ。元来お前の成績を聞き知って懇望するんだから、その辺は何うにでも話をつけてやる」
「哲学以外はいけないでしょうか?」
「無論さ。お寺を継ぐんだから、哲学も東洋哲学に限る」
「お寺を継げば教授になれますまい?」
「それは些っとむずかしいだろうな、豪い学者になってしまえば兎に角、初めからは」
「…………」
「家は貧乏だ。学資を出したいにも、ない袖は振られない。家からは絶対に上級学校へ行けないと思ってくれなければ困る」
「はあ」
 僕は大分心が動いた。兎に角帝大へ行けるということは大きな光明だった。それから錦子さんと夫婦になれると思うと、無暗に嬉しかった。坊主だって、そんなに厭なものでない。第一、暇だ。それでいて、就職難ということが絶対にない。一切食役の保証がついている。兄貴の生活を見るに、酒も飲むし、歌も唄うし、…

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