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朝起の人達
あさおきのひとたち |
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作品ID | 55800 |
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著者 | 佐々木 邦 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「佐々木邦全集 補巻5 王将連盟 短篇」 講談社 1975(昭和50)年12月20日 |
初出 | 「面白倶楽部」1925(大正14)年11月 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | POKEPEEK2011 |
公開 / 更新 | 2015-08-24 / 2020-05-10 |
長さの目安 | 約 14 ページ(500字/頁で計算) |
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医者に勧められて朝起を一月ばかり続けている中に疑問が起った。古来朝起は一種の投資的美徳になっている。朝起三文の徳ともいえば、ずっと桁を飛ばして、朝起十両ともいう。前者は一回分を指し、後者は一生を通じての話と察せられる。西洋人も、
Early to bed and early to rise, makes a man healthy, wealthy and wise.
(早く床につき早く起きることは、人を壮健、富裕、賢明ならしむ)
と讃えて、韻律的に朝起を奨励している。而も私は一ヵ月間実践躬行の結果、壮健にも富裕にも賢明にもならない。神経衰弱は以前のまゝである。金は少し損をした。智慮分別は多大の打撃を受けて、精神に異状があるのではなかろうかと考えるようになった。
私のかゝる医者は年来懇意の所為か、私の身体を知り過ぎていて困る。私が見て貰いに行くと、
「何うかしましたか?」
と驚く。私のようなものが何うかする筈はないと思っているから、
「神経衰弱のようです」
と言って、その都度此方から病症を暗示してやらなければならない。引き続いて私が容体を述べる間、
「はあ、成程、はあ」
と先生は何か他のことを考えながら相槌を打って、
「一つ拝見致しましょう。熱はないでしょうね?」
と来る。熱のないことは先刻から言っているのである。
「熱はないですが、何うもハッキリしません。仕事が兎角億劫です。会社なぞと違って、役所は劇務ですからな」
と私は要領を繰り返して同情を求める。
「それは何人にしても仕事は楽じゃないですよ。私なぞは日曜も祭日もありません。夜分は能く眠れますか?」
「能く眠れます。昼間働くから疲れるのでしょうな」
「疲れても、眠られるから宜いのです。心臓が少し早いですね?」
「大変早いです。一ヵ月ばかり役所を休んで静養する必要はありますまいか?」
「何あに、大したことはありませんよ。まあ/\朝早く起きて運動をするんですな」
と原崎さんの診断はいつも定っている。薬も碌にくれない。昵懇の間柄だから、贔屓目があるので兎角軽く見る。
ところが今回は私の主張が通って、医者は神経衰弱ということに同意してくれた。
「診断書は一月に、しましょうか? 二月にしましょうか?」
「これからは季節が好いですから二月に願いましょう」
と私は重く見ている。
「二月あれば充分でしょう」
「転地の必要がありましょうか?」
「それにも及びませんな」
「お薬丈けで宜いですか?」
「神経衰弱にはこれといって薬はありません。まあ/\朝早く起きて散歩でもするんですな」
と先生は例によって朝起を勧めた。
「それでは七時頃に起きましょう」
「そんなことでは何にもなりません」
「それでは六時に起きます」
「早いほど宜いです。太陽と一緒にお起きなさい。日の出を拝むのは元日のことばかりだと思っ…