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ある温泉の由来
あるおんせんのゆらい
作品ID55802
著者佐々木 邦
文字遣い新字新仮名
底本 「佐々木邦全集 補巻5 王将連盟 短篇」 講談社
1975(昭和50)年12月20日
初出「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1936(昭和11)年12月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者芝裕久
公開 / 更新2021-01-11 / 2020-12-27
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

長い伝統

 東引佐村と西引佐村は引佐川を境にして、東と西から相寄り添っている。名前から言っても、地勢から見ても、兄弟村だけれど、仲の悪いこと天下無類だ。何の因果か、喧嘩ばかりしている。両村の経緯は生きている人間の記憶以前に遡るものらしい。
 僕がまだ小学校に入らない頃、近所に百を越した老人があった。もう悉皆耄碌して、縁側に坐って居睡りをするのが商売だったけれど、百二つで死ぬ時、シャキッとなって遺言した。それは、
「親の代から西には負けたことがない。お前達も西に負けないでくれよ。ついては税を払いなさんな。東は昔から税を払わない」
 という一般的訓辞だった。百二歳の老人が親の代からと言うのだから、古い葛藤に相違ない。但し税を払わないのを村是のように言ったのは何分百有二歳の老人だから、頭が何うかしていたのだろう。西引佐は兎に角、東引佐の人間が特別に滞納するという事実は絶対にない。これは村の名誉の為めに、お断りして置く。
 東引佐と西引佐は大人も子供も男も女も仲が悪い。犬まで川を距てゝ吠え合っていることがある。
「吠えろ/\。負けんな」
 と子供が嗾しかける。若し向う岸に子供の姿が見えれば、人間同志が吠え始める。
「東引佐の馬の骨!」
「何だ? 西引佐の牛の骨!」
 馬の骨と罵ったから、牛の骨と呶鳴り返した丈けで、これという意味はない。しかしやり合っている中に、追々問題に触れる。
「やい。東引佐の水なし村。日照りが続いて泣きん面をするなよ」
「何だ? 西引佐の水出村。秋になると見物だ。娘っ子が尻をからげて逃げて歩く」
「太鼓を叩いて雨乞いをしろ」
「尻をはしょって飛んで歩け」
 それから石を投げ合う。東の方は高いから、石合戦には優勢の地位にいる。西からは届いたり、届かなかったりだ。川幅は可なり広い。
 東引佐は山沿いだから、水に不自由をする。谷川の流れを引いて田を作る。場所によっては水車で汲み上げなければならない。旱魃がひどく利く。太鼓を叩いて雨乞いをしろというのはそこだ。引佐川は村の裾を流れているけれど、村の方が高いから、何の足しにもならない。低い西引佐丈けが恩恵を蒙る。同時に損害も受ける。何となれば、秋口に洪水が村の一部分を襲うのである。娘っ子が尻をからげて逃げて歩くとはそれを言う。東引佐からは出水の光景が手に取るように見える。高みの見物だ。
 ○○町の中学校の運動会には界隈の小学校の選手競走が呼び物の一つになっている。東西引佐の少年はこれ屈竟と雌雄を争う。
「此方は五等で、先方は七等だ」
「去年は此方が八等で先方が六等だったから、丁度好い仇討ちだ」
 賞に入らなくとも、目ざす敵に負けなければ宜い。僕の小学校時代に東引佐が一度優勝した。優勝旗を持って西引佐を通って帰るのだから大変だった。
「野郎、来年見ていろ」
 と西引佐の小若い衆が目の色を変えてついて来た。…

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