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冠婚葬祭博士
かんこんそうさいはかせ |
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作品ID | 55810 |
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著者 | 佐々木 邦 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「佐々木邦全集 補巻5 王将連盟 短篇」 講談社 1975(昭和50)年12月20日 |
初出 | 「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1937(昭和12)年8月 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 芝裕久 |
公開 / 更新 | 2021-02-12 / 2021-01-27 |
長さの目安 | 約 31 ページ(500字/頁で計算) |
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東半球と西半球
入社してから一週間目ぐらいだったろう。少くとも同僚の顔が皆一様に見えて、誰が誰だか分らない頃だった。僕は退出後駅へ向う途中、大通から横道へ折れ込んだ。或は近道かと探検の積りだった。しかし然ういうところは大抵遠い。矢っ張り急がば廻れだと思った時、ふと気がついた。直ぐ前を同僚の一人が若い女性と手を引くようにして歩いて行く。謂うところのアベックだ。
「早業だな。油断も隙もならない。今の今まで同じ部屋で仕事をしていたのに」
と僕は感心した。兵は神速を貴ぶ。しかし御両人、悉皆安心して、話し/\歩くから、此方は困る。ツカ/\と追い越すのは当てつけるようで粋が利かない。これは引き返す方が宜いと考えて、その身構えをしたが、折から曲り角へ差しかゝって、同僚が振り向いたから、顔と顔が合ってしまった。早これまでなりと度胸を据えて、僕は会釈をしながら通り過ぎようとした。
「もし/\、宮崎さん」
と同僚が呼び止めた。名を覚えていてくれたのだ。
「はあ」
「御迷惑でしょうけれど、一寸弁解させて戴きます」
「何ですか?」
「これは僕の妻です。今晩は何処かへ食事に行こうかという約束でした。しかし家へ帰ると出直すのが面倒ですから、妻にこゝまで来て貰ったのです」
「はゝあ」
「お察し下さい。お互に一刻も早く顔を見たいのですが、人目がありますから、会社の玄関まで来て貰う次第に行きません。それで有り得る中で一番近い而も一番安全な地帯で待っていて貰ったのです」
「成程」
「しかし蛇の道は蛇です。忽ち看破されてしまって、延っ引きならないところを取っ捉まりました」
「いや、僕は決してつけて来たんじゃありませんよ」
「ハッハヽヽ。冗談ですよ。しかし御内聞に願います。皆実に口うるさい連中ですからな」
「大丈夫です。それではお先に」
と僕は急いで切り上げた。相手はもっと喋りたそうだったが、奥さんの顔に迷惑の色が読めたのである。つけて来たように思われては好い迷惑だ。此方は名前も知らないのだから、興味も関心もある筈がない。
「君、君」
と翌日執務中に隣席の清水君が囁いた。この人には初めから世話になっている。
「何ですか?」
「昨日大谷君の帰りをつけて行ったんですってね?」
「つけて? あれは違います。そんなことありません」
「いや、この塩梅じゃ僕もつけられているだろうから警戒するようにって注意でした」
「誰がそんなことを言ったんですか?」
「大谷君です」
「はゝあ。大谷君ですか? あの人は」
「直ぐそこで尻尾を捉まえたんですってね?」
「偶然追いついたんです。しかし大谷君は内聞にしてくれと言っていましたよ」
「然う言えば却って吹聴すると思っているんです。チャンと心理を利用しています。流石に才物です。口止めをして置いて、もう一方、細君が美人だから探究心の強い独身の同僚が後をつけて来て困る…