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四十不惑
しじゅうふわく
作品ID55814
著者佐々木 邦
文字遣い新字新仮名
底本 「佐々木邦全集 補巻5 王将連盟 短篇」 講談社
1975(昭和50)年12月20日
初出「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1952(昭和27)年1月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者芝裕久
公開 / 更新2021-04-26 / 2021-03-27
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

綺麗なタイピストの群

 僕が満四十になった時、妻は尾頭つきで誕生日を祝ってくれて、その席上、
「四十にして惑わずと申しますからあなたももう惑わないで下さいよ」
 と註文をつけた。
「おれは今までだって惑ったことなんかないよ。停年まで今の会社にいる」
「迷わないで下さいってことよ」
「それだからさ。このまゝ頑張っていれば、重役のお鉢が廻って来ないものでもない」
「その方じゃないわ。分りやすく言えば、女に迷わないで下さいってこと」
「女に迷ったことはないよ。唯一遍お前に迷っただけで、すっかり悟りを開いている。冗談は時々言うけれど」
「その御冗談が私気に入りませんの。どこの誰さんが綺麗だの何だのと仰有ることが」
 妻は幾つかの実例を引いて反省を促すのだった。考えて見ると思い当る。黙っていればいゝのに、僕は正直だ。タイピストの小柴さんのことを二度も寝言に言ったそうだ。
「不惑よ、あなた。四十にして惑わずよ。いつまでもお若い積りでいらっしゃると笑われますわ。慎んで戴きます」
 と妻は不惑で縛りつける気だった。
 さて、僕は一流会社に勤めること十七年、先ずもって順調組だ。現に文書課長を承わっている。押しも押されもしない。同期に卒業した連中の会へ出ると、僕あたりが一番いゝのらしい。
「子供がないのか? うまくやっている。それなら一生愛人と同棲しているようなものじゃないか?」
 と皆羨ましがる。
 僕も家内が一人きりだから生活がラクだということを認めている。子供がほしくないこともないけれど、なければないで諦めなければならない。
「僕のところは呑気ですよ。家内が一人きりですから簡単です」
 と僕は言う。しかし妻はこの表現がよろしくないと言う。
「家内と二人きりですからと仰有って戴きます。家内が一人きりですからと仰有ると、いかにも二人ほしいようじゃありませんか?」
「成程ね。そうも取れるな」
「取れますとも」
「それじゃ気をつけよう」
 僕は争わない。僕達は恋愛結婚をして今日ある。その頃のことを思えば、仇疎かに出来ない。しかし妻はいつまでも求婚当時の心持でいて貰いたいというのだから、要求が大き過ぎる。何分十二年たっている。妻は僕より五つ下で三十六、僕は四十一、不惑を一つ越してしまった。
 文書課にはタイピストが八名いる。皆妙齢だから、所謂若気の過失を起さないように監督するのも僕の役目の一つだ。綺麗な人が多い。これは採用の時、容姿も算当に入れるからだろう。
「君のところは色彩があっていゝな。僕の方は荒っぽいのが揃っている。とてもこんな和かな風光は見られない」
 と言って、他の課長達が羨ましがる。文書課にも男の課員がいないではない。しかし僕が監督の目を光らせているから影が薄い。結局、僕一人が課長さん/\と慕われる。
 タイピスト連中が申合せて、英語をもっと勉強したいと言い出した。…

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