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社長秘書
しゃちょうひしょ
作品ID55815
著者佐々木 邦
文字遣い新字新仮名
底本 「佐々木邦全集 補巻5 王将連盟 短篇」 講談社
1975(昭和50)年12月20日
初出「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1926(大正15)年8月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者芝裕久
公開 / 更新2021-05-17 / 2021-04-27
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「それについては面白い話があるよ」
 と社長が言い出すと、周囲のものは皆辟易する。しかし相槌を待ち設けて見廻しているから、誰か、
「はゝあ」
 と応じてやらなければならない。社長には尻馬居士という綽名がついている。人の話の後から屹度何か思い出して、
「それについては……」
 をやる。それが時には甚だそれについていないことがある。日外重役の星野さんが何かの機会で、
「私は申年生れです」
 と言ったら、社長は、
「申かね? 猿については我輩も一家の意見を持っている」
「はゝあ」
「四国猿といって、彼奴は我輩の郷里が本場さ。この頃は大分へったようだが、昔は随分いたものだぜ。芸を仕込むには四国猿に限る。南洋でも捕れるが、彼方のは覚えが悪い。猿廻しの連れて来るのは皆我輩と同郷さ。加藤清正に論語を習った猿も四国産だったろう。彼奴を山から捕って来て馴らすには……」
 と猿の講釈を始めたことがある。そういう折からは一同仕事の手を休めて傾聴して、然るべきところで笑わなければならない。会社員もナカ/\骨が折れる。尤も猿が加藤清正から論語を習ったなぞと聞けば、何うしたって吹き出さずにはいられない。誤植が多いので助かる。
 最近社長は欧米漫遊をして来たので、殊に話題が多くなった。新知識を裾分けしたくて手ぐすね引いて待っているから、うっかり口が利けない。黙っていても何とか因縁をつけて機会を拵える。
 この間も、
「星野君はこの頃晩酌をおやりですか?」
「さあ、やったりやらなかったりです」
「彼方は禁酒で豪いことになっていますよ」
 とあって、早速アメリカの話を始めた。斯うなると蛇足居士でなくて強盗に近い。
「はゝあ」
 と星野さんは人が好い。
「……全く愚な法律ですな。迚も取締りのつくものじゃない。結局悪い酒を高く飲ませて密輸入者の腹を肥す丈けのことですよ。下等社会になると怪しげな代用品を調合して飲むから事故が多い。能く死にます。一杯飲むと目の玉の飛び出すような強い酒を密売しているんだからね。あのまゝにして置くと、労働社会の健康が行きついてしまう。それでアメリカを亡ぼすものは禁酒令だろうという説さえ識者間に出ている」
 と結論に達するまでに三十分もかゝった。
 今回社長の秘書に抜擢された私はこの相手代って主代らずの長談義を一から十まで拝聴していなければならない。以前は社長の御高説を直接に承わるのは光栄の一つだったが、昨今のように毎日のお勤めになると、うんざりする。それに社長はもうお年の所為で頭の造作が多少傷んでいるから、物忘れをして同じことを幾度も話す。星野さんや塚本さんが又かと言ったような目つきを私に向ける時には、私こそ同情して貰う価値がある。私はもう四度も五度も聞かされているのである。
 社長は漫遊中、某公爵と懇意になって、帰朝後も公爵を名誉総裁とするゴルフ倶楽部に入って交際を続…

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