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秀才養子鑑
しゅうさいようしかがみ
作品ID55816
著者佐々木 邦
文字遣い新字新仮名
底本 「佐々木邦全集 補巻5 王将連盟 短篇」 講談社
1975(昭和50)年12月20日
初出「現代」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年4月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者芝裕久
公開 / 更新2021-05-27 / 2021-04-27
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

失業の裏に夫人あり

 小室君は養父の紹介だから、何とかなるだろうと思って出掛けた。養父は中風で、もう廃人だけれど、月二百円以上の恩給を食んでいる。セッセと働いて百円足らずにしかならなかった小室君よりもグッと豪い。逓信省の局長まで行って、その後民間会社の重役を勤めた人だ。長い間には多くの後輩の面倒を見ている。因みに、小室君は当年三十歳、而立というところだが、却って職を失って、新たにスタートを切り直す努力をしているのだった。
「お父さんには逓信省時代にお世話になりました」
 会ってくれた重役の宗像さんは御繁忙中を迷惑がりもせずに、如何にも懐しそうに言った。養父は退っ引きならないところへ差向けたのらしい。そこは銅の会社だった。常務取締ともなれば、下級社員の一人や二人何うにでも融通がつくから、叶うことなら、先輩の恩顧に一遍コッキリ酬いたいものと宗像さんは考えていた。
「この頃は如何ですか?」
「寝たり起きたりで、好くも悪くもなりません。あのまゝで固まるのでしょう」
「外出はなさらないんですか?」
「近所廻りは杖をついて歩きます。もう二度やっているんですから、油断がなりません」
「元気な人でしたが、病気には勝てないと見えますな」
「はあ。それに年も年です」
「お幾つになりましたか?」
「六十八ということですが、戸籍の方が二つ間違っているそうですから、本当は七十です」
「そんなになりますかな、もう。ふうむ」
「悉皆弱っています」
「ところで、あなたの用件ですが、前の会社は何うしてお引きになりましたか?」
「別にこれという失策はなかったんですけれど……」
 と小室君は覚えず頭を掻いて、行き詰まった。任意の辞職でない。首になったのだから、具合が悪い。
「五年も勤めていたのに惜しいことです。同僚と衝突でもしたんですか?」
「いや/\」
「単に一身上の都合によりと書いてあるが、その辺をハッキリ承わって置かないと、相談が出来ません」
 と宗像さんは眼鏡を外して、履歴書に見入っていた。
「実は欠勤が多かったものですから」
「病気でもなすったんですか?」
「いや、自分はこの通り頑健ですが、父が二度目の脳溢血をやった時、一月ばかりついていました。続いて妻の病気の為め一月余り……」
「奥さんは何ういう御病気でしたか?」
「婦人にあり勝ちのヒステリーです」
「成程」
「側についていないと承知しないような状態でしたから、つい会社の方が疎かになりました。三月ぶりで出勤しましたら、君は会社の仕事よりも奥さん奉仕が大切なんだろうと課長が皮肉を言いました」
「成程」
「道理です。これは少し気をつけて貰わなければならないと思って、家へ帰って、妻に話すと、妻は忽ち発作を起しました。私が婉曲に離縁話を持ち出したと言うんです。父も頭がボヤ/\していますから妻の曲解をそのまゝ信用して、家庭が大切か? 会社が…

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