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妻の秘密筥
さいのひみつばこ
作品ID55824
著者佐々木 邦
文字遣い新字新仮名
底本 「佐々木邦全集 補巻5 王将連盟 短篇」 講談社
1975(昭和50)年12月20日
初出「現代」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年10月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者芝裕久
公開 / 更新2021-04-12 / 2021-03-27
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

才人五人組

「君達の群は一寸違っているね」
 目のあるものは皆そう言って、敬意を表してくれる。
「一癖あるのが揃っている」
 と課長が言ったそうだ。僕達も十把一からげの連中とは選を異にしている積りだ。同僚の多くは、寄ると触ると、Xの次の話をする。俸給の上らない不平をこぼす。他に能がない。そういうのに較べると、僕達は大いに違う。課長の言う通り、皆一癖も二癖もある。人数は五人だが、粒が揃っている。早分りのするようにこゝで閲歴を紹介して置こう。
 自分のことから先に話すものでない。第一指は二科に二度入選した素人洋画家木寺君に屈すべきだろう。この男は○○伯爵の甥で、奥さんを◎◎子爵家から貰っている。八重さんといって、頗る美人だ。但し木寺君よりも二つ三つ年が多い。或富豪の放蕩息子のところへ嫁に行って離婚になったのを、慰藉料諸共、拝領したのだという噂がある。
「いや、その拝領した人が死んだものだから、木寺君にお鉢が廻って来たんだ。美人には美人だけれど、歴史がついている」
 という評判だ。艶福家は兎角羨まれる。慰藉料ぐるみなら、艶福と同時に実利も占めている。美人の奥さんに対して、木寺君は寧ろ醜男だから、話題になり易い。会社の方の成績も見るべきものがない。奥さんと油絵で光っている。
「木寺君の絵は童心が豊かで荒削りだから、僕達には分らないが、兎に角追々玄人離れがして来るようだ」
 と仲間の広瀬君が言った。この男は物を貶す名人だ。童心が豊かで荒削りとは正に稚拙の意味である。
 次は僕だけれど、謙遜の為めに譲って、海野君を推す。海野君は謡曲を余技とする。学生時代に謡曲の師匠の家の一間を借りていたのが切っかけになって、学業よりも謡曲に身を入れた。質も好かったのだろう。十数年本格的に鍛えているから、普通のモー/\連中とは違う。昨今は同僚の有志を指導している。決して出教授をしないという見識の高い先生だ。但し重役のところ丈けは仕方がないらしい。匿していても、重役の方で遠慮なしに喋るから分る。
「海野君は素晴らしいものだよ。会社をやめて師匠を専門にやった方が宜いかも知れない」
 と褒めていた。
 それから但馬君だ。この男は登山家として、広くその道の人達に知られているように主張する。一度雪の中で行方不明になって放送されたことがあるから、少くとも会社の人は皆知っている。幸いにして、無事に帰って来た。会社で放送されたのはこの男と社長丈けだろう。社長は自動車が小田急と衝突して粉砕したけれど、運転手諸共軽傷を受けたばかりだったから、奇蹟として夕方のニュースに放送された。但馬君はハイキングもやる。何処のコースは自分が発見したものだなぞと法螺を吹く。山へ道をつけたのかと思ったら違った。人の拵えた道を歩いて発見もないものだ。
「一体、山を征服するなんて言葉からして間違っている。富士山へ登って富士山を征…

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