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変人伝
へんじんでん
作品ID55826
著者佐々木 邦
文字遣い新字新仮名
底本 「佐々木邦全集 補巻5 王将連盟 短篇」 講談社
1975(昭和50)年12月20日
初出「日の出」新潮社、1934(昭和9)年8月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者芝裕久
公開 / 更新2021-08-14 / 2021-07-27
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「勉強しないと、東京の叔父さんのところへやってしまいますよ」
 僕が中学生の頃、母は然う言って驚かすのが常だった。叔父は母の弟だ。父は女学校の先生だけれど、叔父は高等学校の先生だから尚お豪いことになっていた。しかし父に言わせると、叔父は変りものだった。
「叔父さんは学者でしょうね?」
 と僕は母に訊いて見た。
「今に博士になりますよ」
「もうなっても宜い時分じゃありませんか? 僕が小学生の頃からです」
「お上の都合ってものがありますわ」
「それよりも大学の先生と喧嘩をしているからナカ/\なれないんでしょう。学問が出来ても変人じゃ駄目ですって」
「誰がそんなことを言ったの?」
「学校の修身で習いました」
「嘘をつけってことをね?」
 と母は睨んだ。
 叔父の変人問題から両親の間に意見の衝突が時折起った。
「もうソロ/\貰いそうなものだね。一つ俺から勧めて見ようか?」
 と父が言った。博士のことだと思ったら、お嫁さんのことだった。
「駄目でしょう」
「何故? 変人だからかい?」
「変人なんてことありませんわ。頭のなかが学問で一杯ですから、常識が圧倒されているんですわ」
「兎に角、もうソロ/\四十だよ」
「博士になってからでしょう」
「その問題は別として、早く貰わせる法はないだろうか? グズ/\していると、大野家の跡が絶えてしまう」
「それは私も考えていますわ。今までも度々勧めたんですけれど」
「今度は俺が出馬する。丁度好いのがあるんだ」
「女学校の先生?」
「うむ」
「安井さんじゃありませんか?」
「然うだ。この間世間話をしながらそれとなく訊いて見たら、永久に独身でいるつもりでもないらしい。三十を越しているから、お嫁さんとしては若い方じゃないが、お婿さんだってもう好い加減薹が立っている。何だか縁がありそうに思えて仕方がない」
「あなたからなら利き目があるかも知れませんわ。宜しくお頼み致しますよ」
 と母は納得した。
 父は国漢の先生だから、文章が得意だ。長文を認めて送った。僕は出しに行って、用心の為めに切手を三枚貼った覚えがある。しかし返事が来なかった。此方は早手廻しに写真が貰ってあったから、それを添えて、もう一遍勧めた。今度は折り返して、叔父から写真が着いた。
「到頭落城したぜ」
 と言って、父が開けて見たら、此方から送った写真だった。而もインキで髭が書き入れてあった。父は怒ってしまった。
「おれはもう幸太郎さんとは附き合わない」
 僕が某高等学校へ入ると間もなく、父はその所在地の女学校へ栄転した。父としては好い廻り合せだと思っていたが、実は天然自然に然うなったのではなかった。母が叔父に頼んだのだった。叔父の友人がその県の学務部長をしていたから、巧く計らって貰ったのだった。その夏、叔父が採集旅行の途中を立ち寄った時、父は頻りにお礼を言った。叔父は植物学が専門だ…

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