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幽霊を見る人を見る
ゆうれいをみるひとをみる |
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作品ID | 55837 |
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著者 | 長谷川 伸 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「日本の名随筆 別巻64 怪談」 作品社 1996(平成8)年6月25日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | Juki |
公開 / 更新 | 2014-07-18 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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一
京都の新京極は食べ物屋の飾りつけよりも、小間物や洋品を商う店の京都色の方が強くくる。
その新京極のチャチな家で夜更けてから飯を食べた――といっても連れは酒飲みだから飲まずにはいなかった。外へ出ると星の光が冴えていた。あしたの朝は屹と霜が深かろう。
「そ、そんな物が現代にあるもんですか、あなたは見掛けによらない非科学的な方だ」
と、Tが神経質な顔に似合わず断乎とした調子で否定した。さっきからの話しつづきは人の魂のことだった、手軽くいえば幽霊はありや無しや、それだった。Tは絶対否定だ。私は絶対否定をしたいのだが不幸にして霊(?)の働きかと疑える事実に幾つかぶつかっているので、否定する勇気がない。
四条大橋を渡るとき、顔にぶつかった蚊もどきと呼ぶ螫さぬ蚊(?)が、いかにも力なくなっているのを掌の上にのせて見た。京阪電車の駅に出入りする人の姿が肌寒そうに見える頃だからその筈だった。見慣れたネオンサインに背中を向けて南座に沿って曲ると、女の妓夫が立っている遊女屋が並んでいた。
「現代人がそんなことをいうってことありますか、幽霊なんてあるもんか。ねえそうでしょう?」
彼は、調子外れな声になって否定を繰返していた。思いなしか彼は変に熱心だった。
「ケッタイなこといやはる」
丹色の遊女屋の前で疏水の流れの音を聞き、向う岸の八百政の灯の色を淡く浴びて行く二人に、女の引き子が挑戦するように笑っていった。
遊女相手に遊ぶ気のない私はいつものとおり取合わなかった。女好きで遊び好きで笑談を口から絶やさないといってもいいくらいのTを振返ってみると、通りすがりの遊女屋の灯で彼の顔が恐ろしく謹厳になっているのが目についた。
(おや? この男の顔はこんなだったかしら)
軽く疑ったくらいだ。平常のTの顔ではない。
二
専栗橋近くなった。貨物列車の汽笛が七条の空から流れてきた。気の故か京都の秋は東京よりも星がはッきり見える。私は何も考えていないときの癖で星を仰いで歩いた。
ふと気がつくと連れのTがいなかった。立ちどまって彼を待合せたが姿が見えなかった。片側の家並の軒にとぼされている電灯をたよりに、道路の上にTを見出そうとしたが、足音すら聞えなかった。私は引返した。別れるにしても「左様なら」がいいたかったのだ。
あすこは川添いに柳の木が植っている、何とかいう旅館の塀の前あたりの柳の根方に、川に面して黒い蹲踞った男の姿があった。何かブツブツいっている――いや、いっているのではない! Tが泣いているのだ。
(こいつ泣き上戸か)
が、そういう話は聞いていなかった。
「済まない――済まない」
泣き声は低かった。「済まない」という声も低かった。初めて聞いたとき、それを言葉だとは思わなかったが、繰返されたので、とうとう彼がだれかに謝罪しているのだと判った、しかし、彼の向って…