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麦刈
むぎかり
作品ID55839
著者橋本 多佳子
文字遣い新字旧仮名
底本 「花の名随筆4 四月の花」 作品社
1999(平成11)年3月10日
初出「七曜」1959(昭和34)年8月
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2014-01-09 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 久々に来た東京の友を案内して、奈良の新薬師寺から白毫寺村の方へ歩いた。この辺りの麦刈はすこし遅れていま盛んに刈つてゐるところである。真青な苗代田があちらこちらに見える。
 麦刈の女の一人がつと立ち上つて、天を仰ぐやうに身を伸した。
 私の昔の句に

麦刈が立ちて遠山恋ひにけり

といふのがあるが、この辺りは近くに春日山、高円山などの山々が迫り、その青い色が黄麦の色と照りあつてゐる。
「美しい麦ですね、向ふの麦は焦げたやうに濃いのに、こつちのは金色ね。」と、私はその人に声をかけた。
「ああ、これかね、白毛と黒毛のちがひですよ。」と愛想よく答へ、「どつちから来たね。」と聞いた。
「大阪から。お邪魔しないから刈るのを見せて下さいませんか。」
 さういつて私達は、乾ききつた熟麦の中へ入つて行つた。ひらひらと白い蝶が飛んでゐる。そこには主人の農夫と息子がゐる。久留米ガスリのモンペを着けてゐるのは、若嫁だと思はれた。人々は強い風にゆれる麦を掴んでは鎌を入れる、そして大地に横たへる。そのさくさくといふリズムはかなりゆるやかである。
 私ならばどうであらう。おそらくこの二倍の早さで刈ることだらう。そしてもうそれだけで息もつけないほど疲れ果ててしまうだらう。私は何をするにもせかせかといそがしい。いそがず怠らず――それは私にとつてなんとむづかしいことだらう。
 すこし離れた山際に老爺が一人ゐる。近づくと、大地に腰をつけんばかりにかがんで麦を刈つてゐた。ヒバリの声がしきりにする。低い宙で翼をふるはせながら鳴きしきつてゐるのである。老人はその声になぐさめられ、怠らず麦を刈りつづけてゐた。

老麦刈ひばりは絶えず声与へ



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