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南窗集
なんそうしゅう |
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作品ID | 55870 |
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著者 | 三好 達治 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「三好達治全集第一卷」 筑摩書房 1964(昭和39)年10月15日 |
初出 | 友を喪ふ 四章「文藝春秋」1932(昭和7)年5月<br>土「作品 三卷七號」1932(昭和7)年7月<br>路傍「作品 三卷七號」1932(昭和7)年7月<br>霽れ「作品 三卷七號」1932(昭和7)年7月<br>旅舍「作品 三卷七號」1932(昭和7)年7月 |
入力者 | kompass |
校正者 | 大久保 知美 |
公開 / 更新 | 2017-10-01 / 2017-09-24 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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鴉
靜かな村の街道を 筧が横に越えてゐる
それに一羽の鴉がとまつて 木洩れ陽の中に
空を仰ぎ 地を眺め 私がその下を通るとき
ある微妙な均衡の上に 翼を[#挿絵]めて 秤のやうに搖れてゐた
湯沸し
たぎり初めた湯沸し…… それはお晝休みの 小學校の校庭だ
藤棚がある 池がある 僕らはそこでじやんけんする
僕は走る 僕は走る…… かうして肱をついたまま
夜の中に たぎり初めた湯沸し……
靜夜
柱時計のチクタク ああ時間の燕らが
山を越える 海を越える 何といふ靜けさだらう
森の中で 梟が鼓をうつ やつとこの日頃
私は夜に對し得た 壁を眺め 手を眺め
蟋蟀
新聞紙に音をたてて 葡萄のやうな腹の 蟋蟀が一匹とびだした
明日はクリスマス この獨りの夜を 「愕かすぢやないか
魔法使ひぢやあるまいね そんなに向う見ずに 私の膝にとび乘つて」
「ごめんなさい 何しろ寒くつて……」
信號
小舍の水車 藪かげに一株の椿
新らしい轍に蝶が下りる それは向きをかへながら
靜かな翼の抑揚に 私の歩みを押しとどめる
「踏切りよ ここは……」 私は立ちどまる
椿花
これはいづこの國 いづれの世の建築だらう 私の夢なら
こんな建ものの中に住みたい 今朝の雨に濡れて
掌上に ややに重い一輪の紅椿 その壁に凭れて
私は樂器を奏でる この騎士の唇を 花粉が染める
ブブル
ブブル お前は愚かな犬 尻尾をよごして
ブブル けれどもお前の眼
それは二つの湖水のやうだ 私の膝に顏を置いて
ブブル お前と私と 風を聽く
遲刻
やれやれ汽船は出てしまつた
[#挿絵]々たる春 霞の奧の遠い島
島の火山 私の見る電柱に
風に吹かれる蟲の觸覺
節物 四章
家鴨
にび色の空のもと ほど近い海の匂ひ
汪洋とした川口の 引き潮どきを
家鴨が一羽流れてゆく
右を眺め 左を眺め
蟹
村長さんの屋敷の裏 小川の樋に
泥まみれの蟹がのぼつて
ひとりで何か呟いてゐる
新らしい入道雲が 土手の向うにのび上る
鶺鴒
黄葉して 日に日に山が明るくなる
谿川は それだけ緑りを押し流す
白いひと組 黄色いひと組 鶺鴒が私に告げる
「この川の石がみんなまるいのは 私の尻尾で敲いたからよ」
馬
茶の丘や
桔皐
馬
梅の花
友を喪ふ 四章
首途
眞夜中に 格納庫を出た飛行船は
ひとしきり咳をして 薔薇の花ほど血を吐いて
梶井君 君はそのまま昇天した
友よ ああ暫らくのお別れだ…… おつつけ僕から訪ねよう!
展墓
梶井君 今僕のかうして窓から眺めてゐる 病院の庭に
山羊の親仔が鳴いてゐる 新緑の梢を雲が飛びすぎる
その樹立の向うに 籠の雲雀が歌つてゐる
僕は考へる ここを退院したなら 君の墓に詣らうと
路上
卷いた樂譜を手にもつて 君は丘から降りてきた 歌ひな…