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京洛日記
けいらくにっき
作品ID55876
著者室生 犀星
文字遣い旧字旧仮名
底本 「現代紀行文學全集 第四卷 西日本篇」 修道社
1958(昭和33)年4月15日
初出「隨筆集 「文藝林泉」」中央公論社、1934(昭和9)年5月23日
入力者岡村和彦
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2020-03-26 / 2020-02-21
長さの目安約 47 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

前書

 十年前に金澤にゐて京都の寺を見に出かけようとして、芥川龍之介君に手紙を出してその話をすると、簡單な京案内のやうなものを書いて呉れた。文庫からその手紙を取り出して見ると卷紙一間くらゐに、お土産まで細心に注意して書いてあつた。「京都の宿は三條木屋町上ル中村屋といふ家へとまらるればよからん 家はきたなけれど加茂川叡山の眺めよろし 茶代は一週間十圓か十五圓にてよろし それより下はやつてもそれより上はやるべからず 女中は五圓、これも一人にやれば澤山なり 食事は近所の茶屋のをとつてくれる故上等也 金閣銀閣は是非見給へ、兩閣とも案内人は説明しながらずんずん進めど 遠慮なくゆつくり見物する方得なり 觀覽料に高下あり 高きは薄茶とお菓子が出る 一度はのんで見るも一興ならん 東山より本法寺(?)高臺寺皆一見の價値ありどちらも四條より下なり 粟田口の青蓮院も人は餘り行かぬところなれど襖畫張つけ等もよろしく夜も小ぢんまりとしてよろし 是非見るべし 大徳寺相國寺建仁寺も見て損をせぬ事うけ合なり 博物館にも名高き青磁など見るべきものあり是亦一見を吝む勿れ お茶屋は瓢亭、伊勢長にて足る 西洋料理はへどの如して食ふ可らず北野のまるやのすつぽんも有名なり 是等は皆中村屋より電話をかけさせ給へ 同封の名刺二枚、一枚は中村屋へ、一枚は小林雨郊と云ふ畫家へなり(中略)「みすや」といふ針屋の針「駿河屋」と云ふ菓子屋の羊羹、その外菓子は麥ボオロ、うハろか(イタミ易イ)、豆ねぢなど土産に貰ふとよろこびます。(大正十三年九月十二日)
 いかにも澄江堂らしい親切な手紙であるが、その年も都合が惡くて上洛できずに何時の間にか十一年も經つて了つた。手紙の中村屋へ行くにも名刺が失せてゐるので、わざわざ手紙を持つてゆく譯に行かなかつた。

 京都に着いて五分も經たないあひだに、佐分さんが見えた。佐分さんは西川一草亭氏の高弟である。何でも彼でも佐分さんの言ひなりにならないと、お上りさんの私には東も西も分らないのである。佐分さんの手帖と私の手帖の何枚かがお寺の名前で一杯になつてゐる。二人は手帖を出し合つては話をし、七條の驛から電車に乘つた。一番遠いところを先に見ることにしたのである。
 宇治の端れごろから、厚い緑を膨らがしてゐる茶畠が見え出した。冬枯れの野に健康な緑色を見ることは樂しい。芥川君のあてかいな、あては宇治の生れどすといふ前書のある、「茶畠に入日しづもる在所かな」の句を思ひ出した。宇治の村は夏蜜柑も光つて見える懷かしい在所のやうであつた。

一、薪一休寺

 田邊といふ町で電車から下りると、燒芋屋の湯氣が甘い匂ひを漂はし、芋釜の漆喰の肌に芋のつぼやき、ほこほこと書いてあつた。ほこほこといふのは京都の言葉であらうが、柔らかくゆでられたお芋の感じがまつすぐに出てゐた。
 田邊から一休寺に近づくほど家並が古…

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