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緋のエチュード
ひのエチュード
作品ID55881
原題A STUDY IN SCARLET
著者ドイル アーサー・コナン
翻訳者大久保 ゆう
文字遣い新字新仮名
入力者大久保ゆう
校正者
公開 / 更新2013-02-02 / 2014-09-16
長さの目安約 192 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

第一部 医学博士にして退役軍医ジョン・H・ワトソンの回顧録から翻刻さる




第一章 シャーロック・ホームズくん
[#挿絵]
 一八七八年のこと、私はロンドン大学で医学博士号を取得し、続けて陸軍軍医の義務課程も修めるべくネットリィへ進んだ。そこで課程修了したのち、正式に軍医補として第五ノーザンバランド・フュージリア連隊付となった。当時連隊はインドに駐屯していたが、私の赴任に先立ち第二次アフガン戦争が勃発、ボンベイに到着するやいなや、連隊は峠の向こう敵陣深くにあり、と聞かされることになった。だが境遇をともにする多くの士官たちと連隊を追い、無事カンダハールへたどり着くと、我が連隊がそこにいたので、すぐさま着任する恰好となった。
 この戦役は多くの者に論功行賞をもたらす形となったが、私にはただ不運厄災あるのみだった。連隊を免ぜられ、次に任ぜられたのはバークシア連隊付で、かくしてマイワンドの激戦へ参加したのである。戦闘のなか、私はジェザイル弾を肩に受けたため、骨が砕け、鎖骨下動脈に傷を負ってしまった。すんでの所で殺気みなぎるガージ兵士の手に落ちそうだったが、助手看護兵マリが勇猛果敢な行動に打ち出て、荷馬の上に放り載せられた私は、マリによって安全な英軍戦線までうまく連れ帰されたのである。
 つもりつもった疲労と負傷とが相まって、私は衰弱しきってしまい、そのため、おびただしい数の負傷兵と一緒にペシャワールの基地病院へ後送された。私は療養の末、病棟を歩き回り、ヴェランダで日光浴が出来るほどまで回復したのだが、そんなときインド領の呪いこと腸チフスにかかり、病床に伏してしまった。数ヶ月間、我が命は峠をさまよった。意識を取り戻し病状が上向いたときには、私はすっかりやつれ衰え、ついには医局から一刻も早く本国へ帰還させよ、との診断が下った。早速そのまま軍隊輸送船オロンティーズ号に乗せられ、一ヶ月後ポーツマス桟橋に上陸したのだが、私の健康は見る影もなく、祖国政府から向こう九ヶ月の静養許可をいただくという有様だった。
 イングランドには親類知己がひとりとしておらず、空気のように気ままであり、一日一一シリング六ペンスの支給額の許す限りは勝手に過ごせた。このような状況下では、全帝国における惰気倦怠の掃き溜め、このロンドンに私が居着くのは当然のことだった。しばらくストランドのプライヴェート・ホテルに寝泊まりし、無味乾燥な生活を送り、金銭を湯水の如く使っていた。すると私の財源は底を尽き始め、そこで二者択一を迫られている現状にようやく気が付いたのである。この大都市を去り田舎へ引き払うか、もしくは今の生活を根底から改めるか。私は後者を選び、まずホテルを去ることを心に決め、洒落っけを幾分落としてもよいから、その分安い、そんな部屋を捜し始めた。
 こういう結論に行き着いたその日、クライティリオン酒場…

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