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人魚
にんぎょ
作品ID55954
著者火野 葦平
文字遣い新字新仮名
底本 「書物の王国 ⑱ 妖怪」 国書刊行会
1999(平成11)年5月24日
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2014-12-20 / 2014-11-19
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 草の葉に巻かれた生ぐさい一通の手紙を、私はひらく。

   ――――――――――

 あしへいさん。
 また、お手紙さしあげます。先便では失礼いたしました。小説「昇天記」を送ったりなどして、あわよくば芥川賞をと考えたわけでしたが、あとで赤面する思いをいたしました。もう二度と小説などかこうという野心はおこさないことにしました。したがってこんどは新作ができたから見てくれなどというのとはちがいます。どうぞ、あのことはお忘れください。
 さて、きょうはどうしてもあなたにお話しをして、御意見をうけたまわりたいことがありますので、とつぜんお手紙をさしあげるわけです。実はじきじきに参上してお話し申しあげるとよいのですが、あの日以来(どの日なのか、それはあとでお話ししますが)頭痛がして起きられませんので、手紙で失礼いたします。ずきんずきん蟀谷がうずき、頭の皿の皮がつっぱってしめつけられるようで、この手紙をかくこともやっとの思いです。したがって頭も混乱しておりますし、文脈もみだれ勝ちになると思いますけれど、なにとぞ御寛恕くださいますよう。わたしがこんな無理をしてまであなたに手紙をかくわけは、わたしの現在のなやみを一日もはやく解決したいのと、そのわたしのなやみというのはあなた以外にはわかってくださるまいかと思うからです。われわれ河童にたいして、あなたほど深い愛情と理解とを示してくれるひとはほかにありませんし、わたしのいまの奇妙ななやみも、あなたなら解決してくださるように思うのです。おいそがしいでしょうが、まず、ひととおりおききください。
 一週間ほど前のことでした。夕ぐれどきになって、わたしは棲んでいる山の池を出て、ぶらりと海岸の方へ行きました。わたしはぶしょう者で、めったに外出をしたことはなかったのですが、その日はなぜともなくふと久しぶりに波の音がききたくなって、海の方へ出かけたのです。もう秋のちかいころですから、たそがれどきになると、ひやりとした風が吹くようになっていて、わたしの棲んでいる池のおもてに散る木の葉のいろも、季節のうつりかわりをあらわしていました。わたしが波の音をききたくなったというのも、単調な池の底にあって、やはり海にひろびろとした秋の気配をさぐりたくなったのかも知れません。そんな飄然とした思いが、わざわいとなって、現在こんな苦痛をなめなくてはならなくなるということが、そのときにどうしてわかりましょう。
 あまり遠くはないので、まもなくわたしは渚ちかくへ出ました。まだすっかり陽はおちていずに、水平線のうえにうずくまりかさなりあった鰯雲はまっ赤に染まり、雲と雲とのすきまから、金色の放射線が紺碧の中天へつきささるようにのびだしています。すみきった濃い藍のいろにひろがった海ははるかのかなたまで鷹揚なうねりをたたえ、しずかに渚にうちよせ、うちかえします。銀線の曲折を…

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