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芥川の原稿
あくたがわのげんこう
作品ID55957
著者室生 犀星
文字遣い新字新仮名
底本 「エッセイの贈りもの 1」 岩波書店
1999(平成11)年3月5日
初出「図書」岩波書店、1954(昭和29)年11月
入力者川山隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2013-07-29 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 まだそんなに親しい方ではなく、多分三度目くらいに訪ねた或日、芥川の書斎には先客があった。先客はどこかの雑誌の記者らしく、芥川に原稿の強要をして いたのだが、芥川は中央公論にも書かなければならないし、それにも未だ手を付けていないといって強固に断った。その断り方にはのぞみがなく、どうしても書 けないときっぱり言い切っているが、先客は断わられるのも覚悟して遣って来たものらしく、なまなかのことで承知しないで、たとえ、三枚でも五枚でもよいか ら書いてくれるようにいい、引き退がる様子もなかった。三枚書けるくらいなら十枚書けるが、材料もないし時間もない、どうしても書けないといって断ると、 雑誌記者はそれなら一枚でも二枚でもよいから書いてくれといい、芥川は二枚では小説にならないといった。先客はあなたの小説なら、元来が短いのであるから 二枚でも、結構小説になります、却って面白い小説になるかも知れないといって、あきらめない、一種の面白半分と調戯半分に、実際書けそうもない本物の困り 方半分を取り交ぜて、どうしても芥川は書けないといい、先客はやはりねばって二枚説を固持して、何とかして書いてくれといい張った。断る方も、断られずに いられないふうが次第に見え、何とかして一枚でも書かそうという気合が、この温厚な若い雑誌記者の眉がぴりぴりふるえた。こんな取引の烈しさを初めて傍聴 したが、私はまだ小説を書かなかったから、流行作家というものの腰の弱さと、えらそうな様子に舌を捲いていた。恰度、私自身もひそかに小説を毎日稽古をす るように、三、四枚あて書いている時だったので、芥川と雑誌記者の押問答に、芥川という作家がどんなに雑誌にたいせつな人であるかを、眼のまえにながめた のである。こんな頑固な断り方が出来るという自信が、私には空恐ろしかった。しかも、芥川の断り方は余裕があって、らくに断っていて心の底からまいってい るとか、遠慮しているとかいうところがなく、堂々としてやっていた。
 実際どんなに忙しくても、雑誌記者の訪問をうけると、その日の芥川のように高飛車に断われるものではない、断るにも、どこか謝まるような語調を含めるの が礼儀であった。芥川は旭日的な声名があったし、雑誌には、その二枚三枚の小説でも、巻末を飾るためのはればれしさを持っていたから、この雑誌記者の苦慮 がおもいやられた。最後に記者は、では来月号に執筆する確約をうけとると、やっと座を立った。怒りも失望もしない真自面一方のこの人は、「改造」にいまも なおいる横関愛造氏であることを、あとで知った。その時代でもこんな烈しい断り方を誰もしていなかったし、いまの時勢にもこんな断り方をする作家は一人も いないであろう、雑誌記者は原稿をたのむときはどうかお願いするといい、書いて原稿をうけとると有難うといってお礼をしてゆく人である。その場合、作家が…

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