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世評(一幕二場)
せひょう(いちまくにば)
作品ID55989
副題A morality
ア モラリティ
著者菊池 寛
文字遣い新字新仮名
底本 「日本掌編小説秀作選 下 花・暦篇」 光文社文庫、光文社
1987(昭和62)年12月20日
入力者sogo
校正者noriko saito
公開 / 更新2015-02-08 / 2015-01-30
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

――よしと云ひあしと云はれつ難波がた
      うきふししげき世を渡るかな――


人物 所 時
凡て知れず。

情景 一
路のほとりに緑の草の生えた広場があり、その広場に一群の隊商が休息している。遠景にアラビア風の都会。隊商の中に、隊長と覚しく骨格逞しき老年の男がいる。妻を伴っている。妻は楚々として美しき女。隊商を囲んで多くの見物人が居る。見物の男女幾人とも知れがたし。

見物の男一 何処から何処へ行く隊商だ。
男二 知らない。ついぞ見知らない人種だ。
男三 いや、俺は知っている。この人達は、西の方から来たのだ。
男一 西の方からって。
男三 西方の国からだ。紅海に近いツクセン人だ。
男一 なるほど。道理でみんな色が黒い。
男二 だが、あの隊長の妻丈は美しいな。バグダッドにだって、あんな美しい女はいない。
男五 少しお出額だが、聡明そのものと云った顔だ。あの眸、理智に輝いている美しさったらない。俺は、あんな女を妻にほしい。
男三 あはははは。あの女丈は、ツクセン人じゃないんだ。あの女はバグダッドの貴族だ。
男一 なに貴族だって。嘘を云っちゃ困る。貴族の娘が、どうしてあんな隊長の妻になったのだ。
男三 それは、お前バグダッドでも、評判になった話だ。あの娘の兄が、あの娘を売ったのだ。
男一 なるほど可愛そうに。
男三 五つのダイヤモンドと六つの黒真珠とが、あの娘の価だと云っている。
女一 可愛そうに。貴族の娘に生れながら、売られるなんて、ほんとに不幸せな方ね。
女二 おや! 御覧。あの女が足を動かしたよ。おや、足に何か光る物が付いている。おや! 鎖だ! 鎖だ!
女三 銀の鎖だよ。
女四 装飾品のように、手奇麗に美しく出来ている。でもやっぱり鎖は鎖だわね……。
女五 でも、胸にはあんな美しい胸飾りをつけている。
女六 でも、鎖が足に付いていては、可愛そうだわねえ。
女一 悲しそうにしているわねえ。涙が絶えず溢れているような眸をしているわねえ。
女四 可愛そうに。あれでは妻だか女奴隷だか分らないわねえ。
男三 もうもう金で買った丈に、安心が出来ないんですよ。それに年が、親子ほどにも違いますからね。
女二 いくら違っていましょう。三十は違っているでしょう。
女三 そんなでもないわ。女だって、もう二十四五にはなるわ。
男一 もう、五十を越しているくせに、あんな若い女房をつれ廻していやらしい老爺だな。
女一 金で買われて、あんな老人の妻になるなんて、考えた丈でも身ぶるいがするわ。
女二 でも御覧なさい! 耳輪にも、ダイヤモンドが光っていますよ。それにあの老人だって、それほど邪慳でもなさそうよ。
女三 まあ、あんなに足に鎖が付いていては、本当に愛なんかありっこはないわ。
女四 気の毒ね、一生をあんな境遇に過すなんて。
男三 貴女方が同情する以上に、あの女は自分の境遇を嘆…

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