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秋の鬼怒沼
あきのきぬぬま |
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作品ID | 55991 |
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著者 | 木暮 理太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「山の憶い出 上」 平凡社ライブラリー、平凡社 1999(平成11)年6月15日 |
初出 | 「山岳」1923(大正12)年5月 |
入力者 | 栗原晶子 |
校正者 | 雪森 |
公開 / 更新 | 2013-10-26 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 32 ページ(500字/頁で計算) |
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日光の紅葉
大正九年十月十日。松本善二君と倶に、午前五時五分発の列車にて上野駅出発、九時二十七分日光着。馬返まで電車に乗り、午後二時三十分中禅寺湖畔、三時五十分湯元。板屋に泊る。
日光の町から馬返へ行く途中、眉を圧して聳え立つ女貌山や赤薙山の姿が、或は開けた谷間の奥に、或は繁った黒木の森の上に、電車の進行に連れて忙しく右手の窓から仰がれる。其中腹千五、六百米附近と思われるあたりに、真紅なそして冴えた一団の霞のようなものが諸所に屯している。それは汽車が文挟駅を過ぎて今市に近づく頃から既に眼に映じていたものであったが、今此処から見ると霜に飽いた紅葉であることがはっきりと認められたのであった。然し麓の秋はまだ浅い。神橋のあたりでは僅に紅を催すという程度である。剣ヶ峰ではそれは可なり色づいてはいたが、中禅寺に来てはじめて秋の日光らしい粧が見られた。
中禅寺の秋を代表するものは、何と言っても大崎から古薙の辺に至る間の湖畔一帯の闊葉樹林であろう。水を隔てて南に丘陵の如く横たわる半月山や社山の連嶺も、黒木は多いが相当の距離があるので明るい。千手ヶ原の湖水に接したあたりは、葭やら薄やら禾本科植物の穂先が、午下の太陽から迸射する強い光芒に照されて、銀の乱れ髪のように微風にゆらめいている。其奥に仄に紅味のさした紫にぬりつぶされて、秀麗な錫ヶ岳が西の天を限っていた。久振りで眺めた中禅寺湖畔の秋色は矢張り勝れていると思った。
戦場ヶ原は秋正に闌である。東から北にかけての落葉松の林が続いていたように覚えているが、今は殆ど伐り尽されて、眺望は開闊になった。男体太郎二山の裾や小田代原方面の紅葉も無論よいが、泉門池の北方で湯元への道が端山の裾に沿うて緩かに上るあたり、掩いかかる大木の梢から下枝の先に至るまで、鮮かな黄に彩られた霜葉の美観は、蓋し此処の圧巻であろう。温泉岳から金精山や前白根に至る諸峰も指呼の間にある。奥白根の絶巓も何処かでちらと見たようであったが判然しない。
湯元に来ると二度も雪が降ったという程あって、紅葉は既に爛熟して、次の木枯には一たまりもなく吹き掃われそうである。濃紅の色の中にもはや凋落の悲哀が蔵されている。それが又黒木の茂った静寂な環境と調和して、寧ろ凄味ある湯ノ湖を中心に、陰鬱ではあるが、極めて荘重な風景を現している。日光の秋はここに至って時と処と共に其極に達した。湖の北畔の水際からは湯のけむりが濛々と立ち昇って、夕暮の晴れた空に消えて行くのであった。
湯治の客は大方引き上げて、観光を目的の旅の人も此処まで来る者は稀にしかないので、どの宿も閑そうである。私達の泊った板屋にも四、五人の客しか居なかった。明がた寒いと思ったが、起きて見ると霜が真白で、新に掃かれた庭前の若い槭の下には、紅葉が箒目を隠す程に散っていた。余りにせせこましく粧飾された湯殿は気に入ら…