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浅草の喰べもの
あさくさのたべもの
作品ID56000
著者久保田 万太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆59 菜」 作品社
1987(昭和62)年9月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2014-01-15 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 料理屋に、草津、一直、松島、大増、岡田、新玉、宇治の里がある。

 鳥屋に、大金、竹松、須賀野、みまき、金田がある。

 鰻屋に、やつこ、前川、伊豆栄がある。

 天麩羅屋に、中清、天勇、天芳、大黒屋、天忠がある。

 牛屋に、米久、松喜、ちんや、常盤、今半、平野がある。

 鮨屋に、みさの、みやこ、清ずし、金ずし、吉野ずしがある。

 蕎麦屋に、奥の万盛庵、池の端の万盛庵、万屋、山吹、藪がある。

 汁粉屋に、松村、秋茂登、梅園がある。

 西洋料理屋に、よか楼、カフエ・パウリスタ、比良恵軒、雑居屋、共遊軒、太平洋がある。

 支那料理屋に来々軒がある。

 この外、一般貝のたぐひを喰はせるうちに、蠣めし、野田屋があり、てがるに一杯のませ、且、いふところのうまいものを喰はせるうちに、三角、まるき、魚松がある。

 これらのうち、草津、一直、松島、大増、新玉、及び、竹松、須賀野、みまき等は、芸妓の顔をみるため、乃至、芸妓とゝもに莫迦騒ぎをするために存在してゐるうちである。宴会でもないかぎり、われわれには一向用のないところである。
 往年、五軒茶屋の名によつて呼ばれたうち、草津、一直、松島の三軒は右の通り、万梅は四五年まへに商売をやめ、今では、わづかに、大金だけが、古い浅草のみやびと落ちつきとを見せてゐる。
 座敷のきどり、客あつかひ。――女中が結城より着ないゆかしさがすべてに行渡つてゐる。つくね、ごまず、やきつけ、やまとあげ、夏ならば、ひやしどり、いつも定つてゐる献立も、どこか、大まかな、徒らに巧緻を弄してゐないところがいゝ。――われ/\浅草に住む人間の、外土地の人の前に自信をもつて持出すことの出来るのは、このうちと金田とだけである。
 金田は、同じ鳥屋ながら、料理は拵へず、鍋で喰はせるばかりのうちである。先代の主人は黙阿弥と親交のあつた人だつたさうだが、さういふ人の経営したところだけ、間どりもよし、掃除もつねに行届き、女中も十四五から十七八どまりの、始終襷をかけた、愛想のいゝ、小気のきいたものばかりを揃へてある。諸事、器用で、手綺麗なのが、われ/\には心もちがいゝ。――使ふしなものも、われ/\のみたところでは、人形町の玉秀、大根河根の初音、池の端の鳥栄とゝもに、きび/\したいゝものを使つてゐる。
 たゞ、残念なことに、こゝのうち、功成り、名とげて、近いうちに商売をやめるといふうはさがある。もしそのうはさが真実ならば、われ/\は、あつたら浅草の名物を一つ失ふわけである。われ/\はそのうはさの真実にならないことを祈つてゐる。
 前川といふと、われ/\は子供の時分の印象で、今でも、落ちついた、おつとりした、古風な鰻屋だといふことが感じられる。だが、このごろでは、以前ほどの気魄はすでに持合はさないやうである。時代は、浅草のうなぎやとして、こゝよりも田原町のやつこ…

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