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一葉の日記
いちようのにっき
作品ID56001
著者久保田 万太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻28 日記」 作品社
1993(平成5)年6月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2014-01-21 / 2014-09-16
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

“ある女――斯の人は夫を持たず了ひで亡くなつたが、彼女の居ない後では焼捨てゝ呉れろと言ひ置いて、一生のことを書いた日記を遺して行つた。”

“種々な人のことが書いてあるといふ彼女の日記は、幾度か公にされるといふ噂のみで、その機会なしに過ぎた。焼捨てるのは勿体ないし、唯蔵つて置くのも惜しい、世間へ出して差支の無いものなら出したい、斯ういふ妹からの頼みで、自分等は順にそれを読んで見ることに成つた。
 K君、S君と廻つて、彼女の日記は自分の手許へ来た。
 自分は往時のよしみもあり、それに他の自伝とか日記とかに殊に興味を持つ方だから、喜んで引受けるには引受けたが、なにしろ長い間のことが書いてあつて、それに達者な女文字と来てゐるから、辿るのに骨が折れた。暇々に取出しては、読んで見た。始めてT君が彼女を以前の家に訪ねて行つた時分の淋しい枯々な町のさまが、自分の心に浮んだ。それからK君が訪ねて行き、S君が行き、次第に彼女が自分等の周囲の人と近づいたことが、ところ/″\開いて見た丈でも、想像された。”

“やがて彼女の日記は、自分等から見るとずつと先輩の人達の許へ廻つて行つた。先輩はまた先輩で、女といふものをいたはるやうに、これは公にすべき性質のものでは無いと云ふ意見だつた。そんな訳で、復た奈何かいふ機会があるまで、特にその為に書かれた先輩の序文を二つまで附けて、日記はそのまゝ彼女の妹の手許に蔵つて置くことに成つた。”
 以上は、島崎藤村先生の“女”といふ短篇小説の中から拾ひだした、それ/″\の記述であります。
“女”は、先生の“食後”時代……といふのは、明治四十四年の六月から十一月にかけてゞすが……に書かれたものであります。
 なぜしかし、突然、かうした抄出をしたのか?
 こゝにでゝ来る“彼女”といふのが、じつに、一葉であり、死後、焼き捨てられるはずだつた、かの女のその日記が、こゝにあつめられた“若葉かげ”(明治二十四年四月――六月)以下“みづの上”(明治二十九年七月)までの、“わか草”“筆すさび”“蓬生日記”“しのぶぐさ”“塵の中”“塵中日記”等、数十冊の、原稿用紙にして、約、千枚に上るであらう驚くべき嵩の書き溜めに外ならないからであります。
“女”は、勿論、小説であります。しかし、そこに語られてゐる経緯は、あくまで事実に即してをります。……でない限り、成立たない作なのでありますから……
 すなはち、“これは公にすべき性質のものでない”とされ、幾たびとなく発表を阻まれたこの書き溜めに、“復た奈何かいふ機会”が、しかも間もなく来たのであります。そして、つひに、世にでることになつたのであります。それは、その“女”の書かれたあくる年の、明治四十五年の六月で、博文館から再刊された“一葉全集”の前篇に、書簡文範とゝもに、収められたのであります。

     □

 一葉は、文章を…

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