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木曽道中記
きそどうちゅうき
著者饗庭 篁村
文字遣い旧字旧仮名
底本 「明治文學全集 94 明治紀行文學集」 筑摩書房
1974(昭和49)年1月30日
初出「東京朝日新聞」1890(明治23)年5月3日~7月3日
入力者古山惠一郎
校正者岡村和彦
公開 / 更新2019-06-20 / 2019-05-28
長さの目安約 51 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

第一囘

鐵道の進歩は非常の速力を以て鐵軌を延長し道路の修繕は縣官の功名心の爲に山を削り谷を埋む今ま三四年せば卷烟草一本吸ひ盡さぬ間に蝦夷長崎へも到りヱヘンといふ響きのうちに奈良大和へも遊ぶべし况んや手近の温泉塲など樋をかけて東京へ引くは今の間なるべし昔の人が須磨明石の月も枴にかけてふり賣にやせんと冷評せしは實地となること日を待たじ故に地方漫遊のまた名所古跡一覽のと云ふ人は少し出立を我慢して居ながら伊勢の大神宮へ賽錢あぐる便利を待つたが宜さうなものといふ人もあれど篁村一種の癖ありて「容易に得る樂みは其の分量薄し」といふヘチ理屈を付け旅も少しは草臥て辛い事の有るのが興多しあまり徃來の便を極めぬうち日本中を漫遊し都府を懸隔だちたる地の風俗を交ぜ混ぜにならぬうちに見聞し山河も形を改ため勝手の違はぬうち觀て置きて歴史など讀む參考ともしまた古時旅行のたやすからざりし有樣の一斑をも窺ひ交通の不便はいかほどなりしかを知らんと願ふこと多時なりしが暇。金。連の三折合ずそれがため志しばかりで左のみ長旅はせず繪圖の上へ涎を垂して日を送りしが今度其の三ツ備はりたればいでや時を失ふべからず先づ木曾名所を探り西京大坂を囘り有馬の温泉より神戸へ出て須磨明石を眺め紀州へ入りて高野山へ上り和歌の浦にて一首詠み熊野本宮の湯に入りてもとの小栗と本復しと拍子にかゝれば機關の云立めけど少しは古物類も覗く爲に奈良へ[#挿絵]りて古寺古社に詣で名張越をして伊勢地に入り大廟にぬかづき二見ヶ浦で日の出を拜み此所お目とまれば鐵道にて東海道を歸るの豫算なるたけ歩いてといふ注文三十日の日づもりで行くか歸るか分からねど太華山人。幸田露伴[#ルビの「かうだろはん」は底本では「かうだろばん」]。梅花道人の三人が揃つて行かうといふを幸ひ四人男出立を定め維時明治廿三年四月の廿六日に本願の幾分を果すはじめの日と先づ木曾街道を西京さして上る間の記を平つたく木曾道中記とはなづけぬこれは此行四人とも別々に紀行を書き幸田露伴子は獨得の健筆を大阪朝日新聞社へ出して「乘興記」と名づけ梅花道人は「をかしき」といふを讀賣新聞へ掲げ太華山人は「四月の櫻」と題して沿道の風土人情を細に觀察して東京公論へ載するにつきまぎれぬ爲にしたるなり此の旅行の相談まとまるやあたかも娘の子が芝居見物の前の晩の如く何事も手につかず假初にも三十日のことなればやりかけたる博覽會の評も歸つてからまた見直すとした處で四五日分は書き溜てザツト片を付けねばならず彼是の取まぎれに何處へも暇乞ひには出ず廿五日出社の戻りに須藤南翠氏に出會ぬ偖羨やましき事よ我も來年は京阪漫遊と思ひ立ぬせめても心床しに汝の行を送らん特に木曾とありては玉味噌と蕎麥のみならん京味を忘れぬ爲め通り三丁目の嶋村にて汲まんと和田鷹城子と共に勸められ南翠氏が濱路もどきに馬琴そつくりの送りの詞に久しく飮まぬ醉を盡し…

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