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にはかへんろ記
にわかへんろき |
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作品ID | 56030 |
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著者 | 久保田 万太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本の名随筆 別巻21 巡礼」 作品社 1992(平成4)年11月25日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2015-04-30 / 2015-03-19 |
長さの目安 | 約 26 ページ(500字/頁で計算) |
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まづ船に旅の幸えし五月かな
一
杖 五〇円
笠 三三〇円
べんたう行李 五五円
荷物行李(おひずる) 三〇〇円
首掛袋 八〇円
鈴 二五〇円
数珠 二五〇円
札箱 五〇円
お札 二〇円
納経帖 一〇〇円
脚絆 一五〇円
白衣 四五〇円
以上のへんろ装束、並びに、持道具一切を、われ/\、四国第一番の札所は、阿波、霊山寺門前の浅野仏具店で調へることができた。
その前日の午後、神戸から乗つた“あきつ丸”を小松島で下りた途端、その汽船発着所の待合室にたま/\みいだした広告……それによつて、われ/\、その浅野仏具店といふ、おもひもよらぬ器用なものゝあるのを知つた。……といふことは、そこへ行きさへすれば、へんろ装束一切が、右からひだり、簡単に、すぐにでも間に合ふであらうといふことが、われ/\に、おのづから了解できたのである。
すなはち、
――大丈夫だよ、君。……何も心配するがものはなかつた……
と、ぼくは、同行、池田吉之助君をかへりみた。
――さうなんですなァ。……安心しました、これで……
と、東京出発以来、いかにして調達すべきかと、それをばかり苦にしつゞけた池田君は、太だ、正直に、惜みなく、口もとをほころばした。
が、そのあと、その広告のちかくに掲げられた告知……小松島保安部、小松島巡査派出所、及び、関西汽船株式会社名による乗客への注意書は、もッと、太だ、われ/\をよろこばした。
なぜか?
“――船内でのインチキ賭博には手を出さないで下さい。絶対に勝てないばかりか、刑事上の罪になります……”
といふ一トくだりの文句をその中にみつけたからである。
“――絶対に勝てないばかりか……”
なか/\、素直に、かうはいへるもんぢやァない……
――よきかな、四国……
ぼくは、ひそかに、ぼくにいつた。
二
その晩、われ/\は、徳島市内を流れる新町川沿岸の“清風荘”といふ宿屋に入り、徳島新聞の松本さん、福島さん、郷土研究家の林鼓浪さんたちから、徳島に関する話をいろ/\参考に聞いたのだが、これよりさき、
――わたくし、文藝春秋新社の……
と、池田君、みづから名告りつゝ、林さんに名刺をさしだした。
と、
――あなた、池田吉之助さんで?
それをみるや、林さん、突然、驚きに似た声をあげたのである。
――は?……はァ……
池田君は、一瞬、キョトンとした。そして、大きな目をパチ/\させた。
――池田吉之助といつたら、あなた、角藤定憲がはじめて壮士芝居の旗上げをしたときの重要な座員の一人です……
と、林さんはいつた。
――さうでした…