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クリスマス・イーヴ
クリスマス・イーヴ |
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作品ID | 56033 |
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著者 | アーヴィング ワシントン Ⓦ |
翻訳者 | 高垣 松雄 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「スケッチ・ブック」 岩波文庫、岩波書店 1935(昭和10)年9月15日 |
入力者 | 雀 |
校正者 | 小林繁雄 |
公開 / 更新 | 2013-08-08 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 21 ページ(500字/頁で計算) |
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聖フランシス樣、聖ベネディクト樣、
この家を惡しき者共からお守り下さい。
夢魔と、あのロビン殿と呼ばれる
物の怪からお守り下さい。
惡靈共が襲ひ入りませぬやぅぅ、
妖精や鼬鼠、鼠、狸などの入りませぬやぅぅ、
夕の鐘の鳴る時から
翌朝までお守り下さい。
カートライト
皓々と月照る夜であつた、けれど寒さは嚴しかつた。わたし達の馬車は凍てついた大地をりんりんと疾驅した。馭者は絶え間なく鞭を打鳴し、馬は暫く勢よく疾走を續けた。「馭者は行先を心得てゐるのです」わたしの道連れは笑ひながら云つた。「それに召使部屋がまだ賑かに笑ひさざめいてゐるうちに行き着かうと思つて一所懸命なのです。わたしの父と云ふのは、よろしいですか、頑固な昔者でしてね、古風なイギリスぶりの饗應が自慢なのです。父ほど純粹にイギリス田舍紳士の型を保つてゐる人間は今時珍しいでせう。今日財産でもある人達はロンドンで過すことが多く、流行は盛に田舍に流れ込んで來るのですから、昔の田園生活のあのぐんと特色のあるところはもうあらまし研ぎ減らされて了つてゐますよ。ところが父は若い頃からチェスタフィールドの代りに地道なピーカムを金科玉條としてゐたのです。腹の底で思つてゐることはですね、眞に誇るに足り羨むべき境遇は祖先傳來の土地に住む田舍紳士のそれに過ぎたるはないといふ考だものだから、年がら年中自分の領地で暮してゐます。父は熱心に昔の田舍の遊び事や休日の慣例などを復活させることを主張して、凡そこの問題を論じた古今の書物に廣く通じてゐます。實際、父の愛讀書と云へば、少くとも二世紀以前に名を賣つた人たちのものですね。そして父に云はせると、その頃の人の方が、その後に出て來た人達よりも眞にイギリス人らしく物を書いたり考へたりしたのださうです。で、時には愚痴のやうに、もう二三世紀早く生れなかつたのが殘念だと云ふこともある位です。イギリスもその頃はほんたうにイギリスらしく獨特の風俗習慣と云ふものを持つてゐたと云ふわけです。邸は街道筋から可成り離れてゐて淋しい處ですし、近郷には向うを張る名家とてもないので、イギリス人として何よりも羨むべき幸福、つまり自分の氣儘に振舞つて誰からも邪魔をされないといふ境涯にあるのです。あたりで一番の舊家を代表する人ではあり、また百姓たちの大部分は父の小作人なので、非常な尊敬を受けて、普通にはただ『地主樣』の名前で通つてゐます。これはもう大昔から當家の家長につけられてゐる稱號です。わたしの老父についてこれだけのことを申しておけば、これであなたも、父の變哲ぶりに喫驚なさらないで濟むでせう、でないと莫迦莫迦しく見えないとも限りませんからね。」
わたし達はやや暫くの間莊園の垣に沿うて進んで行つたが、つひに馬車は門口の所に來て停つた。それは重々しく、宏壯古風な樣式で、鐡の閂を備へ、上部は奇想を凝した華やかな唐…