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![]() くつかけときじろう さんまくじゅうば |
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作品ID | 56083 |
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著者 | 長谷川 伸 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「長谷川伸傑作選 瞼の母」 国書刊行会 2008(平成20)年5月15日 |
初出 | 「騒人」1928(昭和3)年7月号 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 砂場清隆 |
公開 / 更新 | 2019-06-11 / 2019-05-28 |
長さの目安 | 約 44 ページ(500字/頁で計算) |
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〔序幕〕 第一場 博徒六ツ田の三蔵の家
第二場 三蔵の家の前
第三場 元の三蔵の家
第四場 再び家の外
第五場 三たび三蔵の家
〔二幕目〕 中仙道熊谷宿裏通り
〔大詰〕 第一場 同じ宿の安泊り
第二場 宿外れの喧嘩場
第三場 元の安泊り
第四場 宿外れの路傍
沓掛の時次郎 磯目の鎌吉
六ツ田の三蔵 酔える博労
女房おきぬ 亭主安兵衛
倅 太郎吉 女房おろく
大野木の百助 八丁徳
苫屋の半太郎
乱入する博徒たち(三蔵方へ)・通行の人々(熊谷宿の)・八丁徳の子分たち・聖権の子分たち・その他。
[#改ページ]
〔序幕〕
第一場 博徒六ツ田の三蔵の家
三蔵はもう三、四年もすれば親分から跡目に直らせて貰える筈だった男だ。しかし頼む力の親分は召捕りになり、どうで遠島は免かれまいと立つ噂に、身内は残らず散って、残るは三蔵ただ一人きりである。それでも三蔵は、親分に義理を立て、子分は皆無、身一つで、中ノ川一家を名乗っている。当然の結果、反対派の親分側から、圧迫が加えられ、今夜がその最後であった。
秋の夜、行燈の灯の下で三蔵と女房おきぬとが、他人の注意をひくまいと物音に気を配りつつ、荷づくりを急いでやっている。片脇に一子太郎吉が寝ている。
三蔵 (荷づくりの手が誤って瀬戸物を引ッかけ落す。壊れて音がする)
おきぬ あッ。(荷づくりの手をやめ、怯える)
太郎吉 (目をさまし)おっかあちゃん。
おきぬ あいよ。(傍へ寄り)どうしたい。おっかちゃん、ここに居るよ。(添い寝をする振りをして)坊やはいい子だ、ねんねしなあ。
三蔵 (入口の土間に下りそっと外をのぞく)――だれも居ねえ。
おきぬ 坊やはいい子だ。ねんねしなあ。
三蔵 坊主は寝たか。(元の処へきて荷づくりにかかる)
おきぬ ああ寝ちゃった。ご覧、子供は罪がないねえ。
三蔵 (太郎吉の寝顔をのぞき)うむ。笑ってやがらあ。
おきぬ 夢を見てるのだろう。(荷づくりにかかり)考えると厭になっちまう。
三蔵 今更どうも仕方がねえさ。
おきぬ 女房子をつれての旅にんか。お前さん。(涙声になり)あたし達の行く先々は、嶮岨な[#「嶮岨な」は底本では「瞼岨な」]路だねえ。
三蔵 そうだとも、一ト足踏み出しゃ、渡る世間はみんな嶮岨な[#「嶮岨な」は底本では「瞼岨な」]路で出来てるよ。なあおきぬ、これから先は苦労ばかりだ、覚悟をちゃんとして置いてくれよ。
おきぬ わかってるよ。大丈夫さ、他国でどんな憂き目をみても、なあに親子三人揃ってりゃ、苦労はしのげるだろうさ。だけどねえ、癪だねえ。
三蔵 叱ッ、裏の方で足音がした。(手許に引きつけてある長脇差を提げ、そっと裏口をのぞきに行く)
おきぬ どう。――え? (太郎吉を…