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奇談クラブ〔戦後版〕
きだんクラブ〔せんごばん〕
作品ID56110
副題01 第四の場合
01 だいよんのばあい
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「野村胡堂伝奇幻想小説集成」 作品社
2009(平成21)年6月30日
初出「宝石」1946(昭和21)年11月
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2015-03-03 / 2015-02-22
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

プロローグ

 何年目かで開かれた、それは本当に久し振りの「奇談クラブ」でした。会長の吉井明子嬢は三十近い吉井明子夫人になって、[#挿絵]たけく美しく、世にもめでたい令夫人になりましたが、限りなくロマンスを追う情熱は、少しも吉井明子嬢の昔に変りは無く、幹事の今八郎を督励して、吉井合名会社の会議室に、昔の会員達を集めたのです。
 今八郎が半白の中老人になったように、若くて華やかだった会員達も、多くは分別臭い年輩になってしまいましたが、吉井明子夫人の案で、新に十数名の若い会員を加えたので、例の会議室の真珠色の光の中に集まった会員の空気は、思いも寄らぬ溌溂さがあり、それは青春の匂いさえも感じさせる生々したものだったのです。
 スクリアビンが、音楽に色彩と光線と、香料さえも採り容れて、聴衆のあらゆる官能を動員したように、「奇談クラブ」の舞台装置と、その責道具もまた、一つの立派な綜合芸術でした。クリーム色の四壁に、ほのかに反射し合う真珠色の光や、何処からともなく聴えて来る、クラヴサンやヴィオラ・ダ・ガンバや――今の世の生活には縁の遠い古代の楽器から発するほのかな音楽や、沈香や白檀を[#挿絵]くらしい幽雅な香の匂いなどは、会場へ入ったばかりでも、我々を夢幻の境地に誘い込まずには措きません。



「この素晴らしい夢幻的な空気の中で、私は甚だしく現実的な、愛憎と執着にただれ切った人達の生活の、不思議な一断面――破局と言っても宜い、――兎も角も、最も忌わしい情景に就てお話しようと思うのです」
 当夜の話しの選手倉繁大一郎は、斯う言った調子で始めました。四十五六の地味な実業家らしい人柄で、凡そこの会場の空気とは、調和しそうもない風采をして居りますが、話術の方は思いの外精練されたもので、浪花節にならない程度の、劇的な抑揚もあり、第一声の音色が美しく、三十人余りの会員を、充分引締めて行く力があります。
「先年南伊豆の海岸で死んだ、日本洋画壇のホープ、閨秀画家のセザンヌと言われた、喜田川志津子さんのことを、多かれ少なかれ皆様は御存じの事と思います――あのインディアン・ブルーの勝った深い海の色、有機的な連繋を持った岩の刷毛目の美しさ、それに惜しみなく降りそそぐ日光、澄み切った空の色など、海洋画家として喜田川志津子さんは、まさに前人未踏の境地を開いたばかりでなく、第一――いやそんな事を第一に挙げては、喜田川志津子さんに済まないわけですが、我々男性の眼から見ると、喜田川志津子さんは、肉体的にも並ぶ者の無いほどの美しさを持った婦人だったのです」
 話し手の倉繁大一郎は、斯う物々しく切出して、その効果を見極めるように、左して広くもない会場を眺め渡すのでした。
「――喜田川志津子さんの美しさは、ありきたりの美人の、整った目鼻立から来る調和的な美しさではなく、それとは全く反対に、法外に大きい黒…

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