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新奇談クラブ
しんきだんクラブ |
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作品ID | 56127 |
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副題 | 03 第三夜 お化け若衆 03 だいさんや おばけわかしゅ |
著者 | 野村 胡堂 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「奇談クラブ(全)」 桃源社 1969(昭和44)年10月20日 |
初出 | 「朝日」博文館、1931(昭和6)年3月号 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 江村秀之 |
公開 / 更新 | 2020-04-14 / 2020-03-28 |
長さの目安 | 約 24 ページ(500字/頁で計算) |
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第三の話の選手
「道具立てが奇抜だから話が奇抜だとは限りません。私の秘蔵の奇談は、前半だけ聞くと、あり来りの講釈種の如く平凡ですが、後半を聞くと、聊斎志異か剪灯新話にある、一番不思議な話よりも不思議な積りです。どうぞ、途中で――何んだつまらない――なんて仰しゃらずに、最後の一句までお聴きを願います」
第三の「話の選手」増田晋は、斯う言った調子で始めました。
「――娘心を捉えしは誰そ――という存分にロマンチックな標題を掲げて、私の話は、いきなり享保二年の早春、江戸神田橋外の舞台に移ります」
奇談クラブの集会室は、夢見るような微光の中に、春らしく更けて行きます。
奇怪、閨の若衆
桜子はふと眼を覚しました。
そんな場合によくある、襲われるような不快な心持などは微塵もなく、春雨の降り頻る朝、護持院の鐘の音に、淡い夢から揺り起される時のような、何んとも言えない甘美な心持で、薄眼を開いて、そっと四方を見廻したのです。
誰やら、其の辺に居る様子――。
多分小間使のお春でしょう。
桜子はそう思い乍ら、もう一度うとうとしかけましたが、夜の物が厚かったせいか、少し汗ばむような気がして、我にもあらず、双腕を浅く抜いて、絹夜具の上へ投げました。
「…………」
今度ははっきり人の気配を感じます。
と、娘の敏感さで、一瞬の間に眼が水の如く冴えて、異常な亢奮に、胸の鼓動が高鳴ります。
「誰?」
片肱を枕に突いて、物音のした方を屹と見ると、有明の絹行灯――少し丁子が溜って薄暗くなった蔭、政信の描いた二枚折屏風から、一人の色若衆が脱け出して、畳に片手を突いたなり首を少し傾げて、凝っと此方を見詰めて居るのでした。
「あッ」
桜子の声は喉のうちに消えて、軽い戦慄が、スーッと身体を走ります。
眼を外そうとしましたが、それも叶いません。瞳は若衆に吸い付けられて、厭応無しに、睫毛の一本一本、着物の模様の一つ一つまでも、読ませられてしまいます。
そのうちに、政信の絵から脱け出したのではなく、政信の描いた若衆よりも、もっと艶麗な、もっと活々した美少年が、二枚折の蔭から半身を出して、桜子の寝姿を、いとも惚々と眺めて居るのだということが判然わかりました。
藤色の大振袖、曙色にぼかした精巧の袴を着けて、前半に短か刀を一本、顔は、その頃の寺小姓や色子の風俗で、薄化粧をほどこし、笹色の口紅まで差して居りますが、頭は不思議に引っ詰めた一束の下げ髪、こればかりは、全体の派手な調子と相応しません。
併し、何んとなく凄味があって、美しいうちにも、鬼気が迫ります。
「お前は、お前は何んだえ?」
桜子は辛くも口を切りました。
が、枕に凭れた腕が顫えて、腑甲斐なくもシドロモドロになります。
寝乱れた美女の、わななく姿は、得も言われない魅惑だったでしょう、怪しい若衆は、暫らく凝っと瞳を据えま…