えあ草紙・青空図書館 - 作品カード

作品カード検索("探偵小説"、"魯山人 雑煮"…)

新奇談クラブ
しんきだんクラブ
副題03 第三夜 お化け若衆
03 だいさんや おばけわかしゅ
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「奇談クラブ(全)」 桃源社
1969(昭和44)年10月20日
初出「朝日」博文館、1931(昭和6)年3月号
入力者門田裕志
校正者江村秀之
公開 / 更新2020-04-14 / 2020-03-28
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
えあ草紙で読む
▲ PC/スマホ/タブレット対応 ▲

find 朗読を検索

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

amazon.co.jp

本文より

第三の話の選手
「道具立てが奇抜だから話が奇抜だとは限りません。私の秘蔵の奇談は、前半だけ聞くと、あり来りの講釈種の如く平凡ですが、後半を聞くと、聊斎志異か剪灯新話にある、一番不思議な話よりも不思議な積りです。どうぞ、途中で――何んだつまらない――なんて仰しゃらずに、最後の一句までお聴きを願います」
 第三の「話の選手」増田晋は、斯う言った調子で始めました。
「――娘心を捉えしは誰そ――という存分にロマンチックな標題を掲げて、私の話は、いきなり享保二年の早春、江戸神田橋外の舞台に移ります」
 奇談クラブの集会室は、夢見るような微光の中に、春らしく更けて行きます。

奇怪、閨の若衆

 桜子はふと眼を覚しました。
 そんな場合によくある、襲われるような不快な心持などは微塵もなく、春雨の降り頻る朝、護持院の鐘の音に、淡い夢から揺り起される時のような、何んとも言えない甘美な心持で、薄眼を開いて、そっと四方を見廻したのです。
 誰やら、其の辺に居る様子――。
 多分小間使のお春でしょう。
 桜子はそう思い乍ら、もう一度うとうとしかけましたが、夜の物が厚かったせいか、少し汗ばむような気がして、我にもあらず、双腕を浅く抜いて、絹夜具の上へ投げました。
「…………」
 今度ははっきり人の気配を感じます。
 と、娘の敏感さで、一瞬の間に眼が水の如く冴えて、異常な亢奮に、胸の鼓動が高鳴ります。
「誰?」
 片肱を枕に突いて、物音のした方を屹と見ると、有明の絹行灯――少し丁子が溜って薄暗くなった蔭、政信の描いた二枚折屏風から、一人の色若衆が脱け出して、畳に片手を突いたなり首を少し傾げて、凝っと此方を見詰めて居るのでした。
「あッ」
 桜子の声は喉のうちに消えて、軽い戦慄が、スーッと身体を走ります。
 眼を外そうとしましたが、それも叶いません。瞳は若衆に吸い付けられて、厭応無しに、睫毛の一本一本、着物の模様の一つ一つまでも、読ませられてしまいます。
 そのうちに、政信の絵から脱け出したのではなく、政信の描いた若衆よりも、もっと艶麗な、もっと活々した美少年が、二枚折の蔭から半身を出して、桜子の寝姿を、いとも惚々と眺めて居るのだということが判然わかりました。
 藤色の大振袖、曙色にぼかした精巧の袴を着けて、前半に短か刀を一本、顔は、その頃の寺小姓や色子の風俗で、薄化粧をほどこし、笹色の口紅まで差して居りますが、頭は不思議に引っ詰めた一束の下げ髪、こればかりは、全体の派手な調子と相応しません。
 併し、何んとなく凄味があって、美しいうちにも、鬼気が迫ります。
「お前は、お前は何んだえ?」
 桜子は辛くも口を切りました。
 が、枕に凭れた腕が顫えて、腑甲斐なくもシドロモドロになります。
 寝乱れた美女の、わななく姿は、得も言われない魅惑だったでしょう、怪しい若衆は、暫らく凝っと瞳を据えま…

えあ草紙で読む


find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2020 Sato Kazuhiko