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新奇談クラブ
しんきだんクラブ |
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作品ID | 56129 |
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副題 | 05 第五夜 悪魔の反魂香 05 だいごや あくまのはんごんこう |
著者 | 野村 胡堂 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「奇談クラブ(全)」 桃源社 1969(昭和44)年10月20日 |
初出 | 「朝日 第三巻第五号」博文館、1931(昭和6)年5月1日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 江村秀之 |
公開 / 更新 | 2020-10-15 / 2020-09-28 |
長さの目安 | 約 32 ページ(500字/頁で計算) |
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鼻観外道
「この話の面白さに比べると、失礼だが今まで語られた奇談は物の数でもない、――と言うと、アラビアン・ナイトのお妃の極り文句のようですが、私は全くそう信じ切って居るのです」
奇談クラブの集合室で、話の競技の第五番目に選手として立った春藤薫は、十三人の会員達の好奇に燃ゆる顔を見渡し乍ら、斯う言った調子で始めました。まだ若々しい癖に、白襟に十徳見たいな被布を羽織った、妙に物越しの滑らかな、茶の湯か俳諧の宗匠と言った人体です。
「私は反魂香の話をしようと思います。或る種の香を焚くと、思う人の俤が目の前に現れるという、あの反魂香です。種を明かせば此の話は『楚弓夜話』という香道の邪宗門の経典とも言うべき秘冊から見付け出した筋で、私や私の祖先の経験ではありません。香道というものは、今は殆んど廃りましたが、昔はどんなに盛んだったかということも、いくらか此の話でわかるわけであります。前置きは此の位にして、早速話の本筋に取りかかりましょう」
春藤薫の話はその風采の如く変って居りますが、何がなし、異様な匂いがあるので、好奇心ではお互に引けを取らない会員達は、固唾を呑んで次の言葉を待ちました。
仏像を背負って兇賊は逃げた
目明しの三吉は、二本榎の正護院の裏門に突っ立って、もう二刻も金壺眼を光らせて居りました。
昨夜此の寺へ忍び込んだ盗賊が、物もあろうに、本尊の弥勒菩薩の立像を盗み出し、其の儘逃げ場を失って、寺内の何処かに隠れてしまったのです。
仔細あって、この盗賊の入るのは、寺の方でも予期したことで、それッと言うと手が廻った所為もあったでしょう。本尊の仏体は盗み出したものの、出口出口を堅められて、梁上の君子も全く袋の鼠になってしまったのでした。
表の入口は同じ目明しの権次が堅め、お勝手には寺男が二人で見張った上、本堂は同心の相沢半助が、寺の者や、近所の人達に手伝わせ、畳まであげて詮索をして居ります。これだけ徹底的にやられては、よしや忍術を知って居ても免れっこはありません。その頃世の中を騒がした「寺荒し」の怪賊も、今度こそは間違いもなく正体を現すだろう――と、十人が十人疑う者はありませんでした。
それは、享保三年の春、山門の山楼がホロホロと散り初めた頃の出来事。
「まだ捉まらねえのか、仕様がねえなア」
目明しの三吉、裏門の扉に凭れて、思わず欠伸を漏らしました。
少し高くなった春の陽は、朝乍ら妙に薄眠たく射して、不風流な目明しの髷節へ、桜の花片が二つ三つ散りよどみます。
「御苦労様で御座います」
庫裡の腰高障子を開けて出て来た一人の男、赤い大黒頭巾を冠せた子供を深々とおんぶして、浅葱の手拭で頬冠りをしたまま、甚々端折りに長刀草履を穿いて、ヒョコヒョコと裏門を出て行きました。
「あ、待て待て、お前は何んだ、何処へ行くんだ」
三吉は欠伸を噛み締め乍らも、職…