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新奇談クラブ
しんきだんクラブ
作品ID56131
副題07 第七夜 歓楽の夢魔
07 だいななや かんらくのむま
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「奇談クラブ(全)」 桃源社
1969(昭和44)年10月20日
初出「朝日 第三巻第七号」博文館 、1931(昭和6)年7月1日
入力者門田裕志
校正者江村秀之
公開 / 更新2021-10-15 / 2021-09-27
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

朗らかなローマンス
「皆様のお話は、面白いには相違ありませんが、少し陰惨過ぎて、胃の腑の為には宜しくなかったように思います。其処へ行くと私の話は明るくて、朗らかで、お伽話のように浪曼的ですが、決して小説や作り話ではありません。悉く今八郎さんの仰しゃる、切れば血の出るような事実談です。私が経験したことを私が話すのですから、これほど確かなことはありません」
 第七番目の話の選手水島三吾は斯う言った調子で始めました。仙波興業株式会社の若い取締役で、利け者と評判を取った男ですが、打ち見たところは、思想家などによくある、少しばかり皮肉な感じのする、聰明そうな好い男です。

法学士の私が乞食に堕ちた

 驚いてはいけません。
 この私――水島三吾――が、身を持ち崩して、一度乞食の仲間に入って居たことがあります。
 大学を出たのは二十四の春、職業が無くてブラブラして居るうちに、続け様に両親に死なれたのですから、お小遣だけを潤沢に持った私が、何んな事になったか、お察し下さることは容易でしょう。
 泥棒と詐欺をやらないだけ、あらゆる出鱈目と放蕩を仕尽した私は、三年経たないうちに、財産ばかりでなく、名誉も信用も、自尊心も人格も、何も彼も綺麗に失くしてしまったのも無理のない事でした。
 親類も友達も、そうなってはもう寄り付くこってはありません。私自身もまた、そんな薄情な存在は、何んの未練もなく振り捨てて、ロビンソン・クルーソーのように一本立になってしまいました。
 金は一文も無く、信用も友人も職業も無いとなると、私の行く道は極って居ります。さらぬだに懐疑的な私の頭脳は、その頃すっかり捨鉢になって、パンを得る為の、最後の努力を払うのさえ面倒臭くなってしまったのですから、私の落ちて行く道は、乞食より外にはありません。
 法学士水島三吾は、斯うして金看板の物貰いになり下ってしまいました。しかも、それを愧じ憂いでもする事か、当時は日本一の大英断のように、誇らしい気持にさえなって、偶々途で腰弁になり済して居る学友などに遇うと、わざと覚れよがしに、その男の前へ、文字通り蓬髪垢面の私の顔を突き出してやったりしたものでした。
 併し、乞食という商売は――私は敢えて商売と申します――決して楽な商売ではありません「右や左の旦那様――」をやる骨もすっかり板に付いてしまって、足へ一斗樽ほどにボロ片を巻く手際も心得てしまった頃でも、何うかすると貰いが少なくて、夕飯にあり付き損ねたり、暴風雨や吹雪の晩など、橋の下や、堂宮の軒下に、臍まで濡れて、ガタガタ顫え乍ら夜を明かすことも稀ではありませんでした。
 乞食にも貯金するのもあり、貰いが済めば家へ帰って、足腰を延ばして休んで居るのもありますが、それは乞食道の異端で、我々のような徹底した乞食は、必要以上に往来の人を悩ませて、貰い溜めをするような不心得なことはしま…

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