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新奇談クラブ
しんきだんクラブ
作品ID56132
副題08 第八夜 蛇使いの娘
08 だいはちや へびつかいのむすめ
著者野村 胡堂
文字遣い新字新仮名
底本 「奇談クラブ(全)」 桃源社
1969(昭和44)年10月20日
初出「朝日 第三巻第八号」博文館 、1931(昭和6)年8月1日
入力者門田裕志
校正者江村秀之
公開 / 更新2021-10-15 / 2021-09-27
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

大名生活の一断面
「エロとかグロとか言ったところで、今の人の嗜好や経験は多寡が知れて居ますが、昔の専制的な大名には、随分飛び離れた生活をした人があったようですね。これは私の大伯父から聞いた話で、掛値の無い事実談ですが、荒淫な大名生活の一断面を知る為には、持って来いの恰好な物語でしょう。時は士気も綱紀も頽廃し切った天保の末、大名は小身乍ら、維新にかけて鳴らした人物ですが、旧藩関係で差し障りあるといけませんから、仮に本田北見之守として置きましょう」
 第八話の選手旗野広太は、妙に気の利いた調子で始めました。奇談クラブの談話室には、いつもの十三人が顔を揃えて猟奇に燃える瞳を輝やかします。

殿様に許嫁を奪われた男

「何時まで貴公は我慢をする気だ」
「何?」
「空とぼけてはいけない、お雪殿のことだよ」
「フーム」
 言い当てられて、南条左馬之助は、あわただしく拱いた腕を解きました。
 本田北見之守の家中、百五十石を食む南条左馬之助は、取って二十三歳の秀麗な眉目を、この二た月三月の間、梅雨空のように曇らせてばかり居るのでした。
「無理もないよ南条、武士たるものが、許嫁の女を横取りされて、指を銜えて見て居るという法は無い、たとい相手は主君だろうが、殿様だろうが――」
 というのは、堤軍次という浪人者、三十二、三の妙に人摺れのした薄肉の細面に、相手をいら立たせずに措かないと言った、皮肉な微笑を浮べて、左馬之助を仰ぐのでした。
 旗本の次男に生れて、身分も相当、腕も智恵も人の三倍も出来た男ですが、賢こさに身を破って、親許は久離切られ、日頃の如才無さが作った道場の友達を漁っては、斯う悪智恵の切り売りをして、食わして貰って歩く厄介者だったのです。
「馬、馬鹿な事を言えッ」
「ハッ、ハッ、ハッ、怒ったか南条、怒るうちは頼母しい、が、考えて見るが宜い。戦場で一番槍一番首を争って、主君の御馬前に討死をするのは素より男子の本懐だ、そうでなくとも、せめて腹でも切らされるとか、手討になるとかなら我慢も出来るが、女を奪られた上に、照れ隠しに加増までされては叶わないな」
「…………」
「それで貴公が焦れ死でもした日には、天下の物笑いだ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、怒るな南条、俺は可笑しくてたまらない。ハッ、ハッ、ハッ」
「えッ、言わして置けばッ、だ、黙れ堤ッ」
 あまりの事に南条左馬之助、一刀を左に引き寄せて、居合腰に片膝を押っ立てました。
「俺を斬る気か、面白い、斬られよう。俺を斬って、貴公の汚名が雪がれるなら、半歳あまり厄介になったお礼に、この首にのしをつけて進ぜよう」
 堤軍次は、言い度い放題の事を言うと、左手を畳に突いたなり、右手を挙げて自分の首を丁と叩きます。柄に似ぬ逞ましい腕へ、真紅な縮緬の襦袢が、炎のようにチロリと絡もうという寸法、大変な侍があったものです。「無、無礼だろう堤」
「…

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