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名なし指物語
ななしゆびものがたり |
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作品ID | 56141 |
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著者 | 新美 南吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「新美南吉童話全集 第一巻 ごんぎつね」 大日本図書 1960(昭和35)年6月20日 |
入力者 | 江村秀之 |
校正者 | 疋田みどり |
公開 / 更新 | 2017-03-22 / 2017-01-12 |
長さの目安 | 約 21 ページ(500字/頁で計算) |
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南のほうのあたたかい町に、いつもむっつりと仕事をしている、ひとりの年とった木ぐつ屋がありました。目はぞうのように小さく、しょぼしょぼしていましたが、それにひきかえ、鼻とてのひらが、人一ばい大きく、そのうえぶかっこうでした。
けれど、そのぶかっこうな両手が、なんという、かっこうのよい木ぐつを、つぎつぎとつくったことでありましょう。まるで魔法つかいの両手が、小さな生きものをうみだすように、つくったのでありました。
子どもたちは、いつも店先の日よけの下にしゃがんで、おじいさんの仕事を見ていました。あんまりうまくできあがるので、子どもたちは思わず、ため息をつくこともありました。
けれど、そんなに器用にうごく手でさえも、うっかりして、あやまちをおかしたことがあったのでしょうか。なぜなら、おじいさんの左手には、名なし指がありませんでした。おじいさんがまだ、木ぐつ屋の小僧だったころ、夜おそくまで、いねむりしいしい仕事をしていて、うっかりすべらせたノミの先が、きっと、その指を、とっていってしまったのでしょう。
「マタンじいさん。木ぐつ屋になるのは、むずかしいの。」
木ぐつ屋になりたいけれど、指を落とすのはおそろしいと考えていた、ひとりの子どもが、ある日、こういってたずねました。すると、マタンじいさんは、
「どうして?」
と、ききかえしました。
「おじいさんの名なし指、ノミで切っちゃったんでしょう。」
「うん、これかい。」
と、マタンじいさんは、左手をひろげて見せながらいいました。
「こいつは、ノミで落としたんじゃないよ。」
それを聞いた子どもたちは、今まで、そうだと思いこんでいたことが、まちがっていたとわかって、ふしぎな気持ちにとらわれましたが、それといっしょに、新しい好奇心がわいてきました。
「じゃ、どうしてなくしたの。」
と、さっきの子が熱心にききました。
「ふん。」
マタンじいさんは、口のあたりに、かすかなわらいをうかべながら、名なし指のない大きな手を、二度三度ひろげたり、げんこつにしたりしました。それから子どもたちのほうへ顔をむけて、
「おまえたち、手を出してごらんよ。」
と、いいました。
子どもたちは、すこし不気味になって、だれも出そうとするものがありませんでした。
「なんだい。どうもしやしない。」
そういわれて、さっきの熱心な子どもが、そっとかた手をさし出しました。おじいさんは、その小さな手を大きな手でとって、
「そうだ。わたしが名なし指をなくしたのは、わたしのこの大きな手が、この小さな手のくらいのときだったな。今では、木の根っこみたいに、ごつごつになったけれど、そのころは、この手のように美しく、やわらかだった。」
といいながら、なつかしむようにマタンじいさんは、子どもの手を見つめていました。
「わたしが名なし指を、どうしてうしなったか、そのわ…