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新・水滸伝
しん・すいこでん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「新・水滸伝(一)」 吉川英治歴史時代文庫、講談社
1989(平成元)年6月11日
「新・水滸伝(三)」 吉川英治歴史時代文庫、講談社
1989(平成元)年7月11日
初出「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
入力者門田裕志
校正者トレンドイースト
公開 / 更新2019-01-03 / 2019-02-26
長さの目安約 1401 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

序曲、百八の星、人間界に宿命すること

 頃は、今から九百年前。――中華の黄土大陸は大宋国といって、首都を河南省の開封東京にさだめ、宋朝歴代の王業は、四代の仁宗皇帝につがれていた。
 その嘉祐三年の三月三日のことである。
 天子は、紫宸殿に出御して、この日、公卿百官の朝賀を嘉せられた。そしてはや、楽府の仙楽と満庭の万歳のうちに式を終って、今しも袞龍錦衣のお人影が、侍座の玉簪や、侍従の花冠と共に珠の椅子をお立ちあらんと見えたときであった。
「あ、陛下。しばしのほど」
 列を離れて出た宰相の趙哲、参議の文彦博のふたりが、帝座に伏して奏上した。
「お願いにござりまする。――いにしえから、今日の上巳ノ祝節(節句)には、桃花の流れにみそぎして、官民のわかちなく、和楽を共に、大いに愉しみ遊ぶ日とされております。ねがわくば、この佳き日にあたって、下々へも、ご仁政の実をおしめしたまわらば、宋朝の栄えは、万代だろうとおもわれますが」
 仁宗皇帝は、ふと、ふしんなお顔をされた。
「なに。こんなよい日和なのに、人民は、何も愉しめずにいるというのか」
「さればで――」と、両名はさらに九拝して。「ここ数年、五穀のみのりも思わしくありません。加うるに、この春は、天下に悪疫が流行し、江南江北も、東西二京も、病臭に埋まっております。家々は飢えにみち、病屍は道に捨てられてかえりみられず、夜は群盗のおののきに明かすという有様でございますから」
「ふうん。そんなにひどいのか」
「そこで、検非違使の包待制のごときは、施薬院の医吏をはげまし、また、自分の俸給まで投げだして、必死な救済にあたっておりますが、いかんせん、疫痢の猖獗にはかてません。このぶんでは、地上の人間の半分は、死ぬだろうと恐れられておりまする」
「それは、ゆゆしい事ではないか。さっそく、天下の諸寺院に令して大祈祷をさせねばならん」
 国土の患いでも、一身の乱でも、なにか大事にたちいたると、すぐ、加持祈祷へ頼むところは、わが朝の藤原時代の権門とも、まったく同じ風習だった。いや、それが文明社会に近づきつつまだ文明にほど遠かった当時の人智だったというしかない。

 江西への旅は遥かだった。しかし、旅にはよい仲春の季節でもある。禁門の大将軍洪信は、おびただしい部下の車騎をしたがえて、都門東京を立ち、日をかさねて、江西信州の県城へ行きついた。
「勅使のおくだりだぞ。粗略あるな」
 と、州の長官以下、大小の諸役人から土軍はもちろん、土地の男女僧俗まで、みな道に堵列して、洪大将を出迎えた。
 その夜のさかんな饗宴はいうまでもなかった。地方の吏が中央の大賓に媚びることは、今も昔もかわりがない。わけて、丹紙の詔書を奉じて来た勅使であるから、県をあげて、庁の役人は、そのもてなしに心をくだいた。
 が、洪信は、さすが軍人である。豪放で、らいらくだ。かつ、朝…

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