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![]() ぜにがたへいじとりものひかえ |
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作品ID | 56208 |
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副題 | 019 永楽銭の謎 019 えいらくせんのなぞ |
著者 | 野村 胡堂 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「銭形平次捕物控(九)不死の霊薬」 嶋中文庫、嶋中書店 2005(平成17)年1月20日 |
初出 | 「オール讀物」文藝春秋社、1932(昭和7)年10月号 |
入力者 | 山口瑠美 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2016-11-14 / 2019-11-23 |
長さの目安 | 約 27 ページ(500字/頁で計算) |
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一
石原の利助が大怪我をしたという噂を聞いた銭形の平次、何を差措いても、その日のうちに見舞に行きました。
同じ十手捕縄を預かる仲間、昔は手柄を張合った気まずい仲でしたが、利助も取る年でいくらか気が挫けた上、平次の潔白な侠気が、何より先に、娘のお品を動かして、今では身内のように付き合っている二人だったのです。
「兄哥、災難だったそうだね。一体、どうしたことなんだ」
案内されて、中へ通った平次、お品の勧める座蒲団を押やって、利助の枕元に膝行り寄りました。
「平次兄哥か、わざわざ有難う。なアに、何でもありゃアしない、言わば、俺が間抜けなんだよ――」
妙に苦い口調で、利助は半面晒布で包んだ顔をねじ向けました。
「眼をどうかしたっていうじゃないか」
「それがこうなんだ、――昨夜、もう蚊もいないし、涼しくて良い心持だから、縁側へ籠枕を出して、無精なようだが、ついウトウトとやると、いきなりハッと眼へ来たものがある」
「へエ」
「眼を開いていりゃア、間違いもなく眇目にされたが、幸いつぶっていたから、眉から瞼へかけて恐ろしい傷だ。球も少しはやられたかも知れないが、白眼だから、傷になっても、見えなくなるような事はあるまいと外科は言うよ」
利助はそれでも、床の上へ起き直って、まだ腹立たしさが納まらぬといった調子に、拳固で自分の膝を叩いております。
「そいつは災難だったね、何が一体飛込んで来たんだ」
「銭だよ」
「えッ」
「ちょっと見は、棒で突いたようだが、後で見ると、縁の下に、肉の厚い永楽銭が一枚落ちていたんだ。こいつでやられたことは間違いのねえところだ」
「へエ――」
「余程腕の利く奴が、植込みの中から、銭を投りゃアがったんだよ」
「…………」
「どんな怨みがあるか知らないが、太い野郎じゃないか。捕まえたら、眼球でもくり抜いてやろうと思っている」
たった一つの眼を光らせて、一徹な歯を喰いしばる利助の気持を、平次はもとより察し兼ねたわけではありません。
植込みの外というと、三間近い距離から、縁側に転た寝している利助の眼を狙って、これだけ効果的に銭を叩き付けられるのは江戸広しといえども、投げ銭の手練で有名な、銭形の平次の外にあるはずはありません。
商売敵の平次が、何か含むところがあって、利助の眼を潰そうとした――と聞いたら、江戸中の岡っ引は何と言うでしょう。弁解して信ずる人は信ずるでしょうが、当の利助さえ十二分の疑念を持っているくらいですから、まず百人の九十九人までは、平次に不利益な疑いを抱くことは判り切っております。
「つまらない目に逢ったね、でも球に障りがなくて何よりだ。せっかく大事にしねえ」
平次はそう言うより外にありませんでした。お座なりと解り切っていても、これ以上に物を言うことが、かえって利助の疑いを濃くするだけだということが、商売柄、あまりにもよく解…